距離感

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「だからね、これとこれ。朝晩しっかり丁寧に塗り込むといいよ」 どういう訳か食堂の片隅で、タキさんの美容講習が連日開かれるようになった。 そして、何故か私はその被験者とされていた。    ご近所の妙齢の乙女やご婦人が集い、メモを片手に感心して、皆が頷き合う。 「ね?先週までとは随分違うだろう?触ってみなよ」 皆さんに私の頬は触れられ、『おおぉ』と納得の歓声が沸き上がる。 「特に眉のラインを整えた後はしっかりケアしないと荒れるからね」 タキさんは私の眉に手を加え、その後に美容液を張り付けて本日の講義は終了した。 タキさんの熱い指導の下、そんなこんなで私の肌は日に日に餅艶に作り替えられていく。 結婚に夢を見ていないのは事実だが、私とて華の盛りだ。 綺麗になることは嬉しいし、気分も当然上がる。 今朝は、ご隠居さんにも『何か良いことでもあったの?近頃ご機嫌だねぇ』と、褒められた。 しかしながら……。 「これでは、また『女狐』と揶揄されやしませんか?」 「はぁ?女は言わせてなんぼ!!!私もあんたくらいの時は散々言わせてやったわ!!!」 高笑いするタキさんは天晴だった。 そして、格好良い。 「あんた、その素材をちゃんと生かして、うまくやるんだよ!」 何をうまくやるのか分からないが、タキさんは懐を叩いてほくそ笑んだ。 ご近所中のご婦人方に化粧水や美容液を売り付けることに成功し、タキさんのご機嫌はすこぶる良い。 「さぁ、来週はいよいよ仕上げだからね!」 「仕上げ?」 この上、まだ何かを上塗りするのだろうか? 「このお(えん)さんに掛かれば、あんたも幸せ間違い無しだよ!」 タキさんは私の顎に手を掛ける。そして、指先で唇に紅を差した。 真剣な眼差しのタキさんの仕草に合わせて、私は知らずと唇を馴染ませた。 「ほら、女はいつだって変われるもんなんだ」 『綺麗だよ』と、満足げに笑うタキさんに、重なる面影が垣間見えた。 私は何だか泣きそうに胸を詰まらせてしまっていた。
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