悲しめてよかった!

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悲しめてよかった!

「姉が死んだ時、悲しめたんです」 可笑しな表現をする青年だな。と内心思ったが、私は彼に依頼をされてインタビュー記事を書くのだ。初めてだった。インタビューしてくれ、記事にしてくれ。それをネットに公開して、公式サイトでも宣伝して欲しいという依頼。噛み砕いてみれば広告宣伝のようなものじゃないかと当初は理解したつもりだったが、詳細が違った。 「悲しめた?」 「悲しめてよかった、と心底ほっとしたんです。憎くて仕方なくて、もしかして自分が、姉が死んだ時嬉しいとか思ったらと、不安だったんです」 「……不仲だったんですね」 詳細に書いてあった文章は、ふたつ。 『憎しみをばら撒きたい』 『多額の料金を支払って、何も関係の無い世間への八つ当たりを手伝ってほしい』 私は面白いと思ったが、企業的にはどうだ?こんなもの駄目に決まっていると思いながらメールを送ったら、お前はフリーと変わらないような所属だから大丈夫だ。というような返答が来た。つまり、炎上した時火炎瓶を投げつけられるのはお前だが、サイトにも載せるし受けてもいいぞ。という話だった。それ、会社として駄目だろ。私を守ってくれよ。と思ったが、私は人の脳を持つ飛んで火に入る夏の虫のつもりで、炎の中を覗くことにしたのだ。 「不仲、というか。姉にすべてを奪われていて、一方的に惨めに、年々憎しみをひとりだけ溜めていたんです。表向きはごく普通の姉弟でしたよ」 「劣等感?」 「……そう。結局そういう、ひとつの感情に収まる、ありふれた話でした」 ここまで聞いて、私は少し後悔した。ありふれた話、その通りだからだ。あのメールの文章はなんだ、もっとあるはずだ、燃え滓すらも残っていないぞ。 「でも毎日想像していたんです。殴り殺す、包丁で刺す、突き落とす、首を絞める。殺す方法、殺す場面、感覚、声や言葉や表情。憎くて憎くて、妄想して、なんて酷いことを考えるんだと、惨めになって自己嫌悪になっていました」 「……はい」 私はカウンセラーではないんだが。まあ、報酬があまりにも、余りにもなので、宜しい。他人事だ。 「だから、死んだら嬉しいだろうなって!すごい喜んで大笑いでもしてしまうかも、ざまあみろなんて大声で言ってしまうかもと思っていたんです。でも姉は工事中の建物の事故に巻き込まれて突然死にました」 「あなたはどう思ったんですか?」 「一瞬、嬉しいが湧き上がって来るかと思ったら、その連絡が来る直前に幼稚園生の頃使っていた、姉の名前が書いてあるお下がりの鋏でフリマサイトの梱包材を切ってたんです。いつも何も考えず、ずっとそのままの切れ味の悪い子ども用鋏」 「……それで?」 「思い出が先に来ちゃって、憎しみに覆い被さってしまったんですよ。最悪でした。悲しめてよかったです」 「あの、言ってる事がぐちゃぐちゃですよ」 「僕は、憎いままであればきっと死んだことを知ったら誰にも言わず安心して、内心喜べたらと思うんです。すっきりして、表向きは姉を突然失った大学生って、それになれたんです」 説明しているようで、更に言っている事が絡まっている。私は無意識に向かい合う机の上に置いた手をずらして一度だけ、そしてほんの少し、机に向かって指をとんと叩いてしまった。苛立ちが出てしまったと、最中に気がついたのでただ手をずらしただけに見えただろう。と思った。 「ああ、それ姉が、苛立った姉は貧乏ゆすりを平気で人前でやる人だったんです。しかも指をとんとんとんとん……、あなたは気遣いが出来る方なんですね、そうですよね、すみません、話が分かりにくくて……」 「あ、いいえ、すみません。いや、苛立ったりしていませんよ。続けてください」 嘘だ。しかしここは嘘を通すのが正解である。 「……小さい頃何も考えずに遊んでいた思い出ごときに負けた憎しみを、僕は恐れていたんです」 「……本当は、もし人が亡くなったのに喜んだりしてしまったらどうしようって怖かったんですか?」 「そう、そうです。だから、悲しめてよかった。でも憎しみで苦しんでいた過去の僕を、死を悲しんだ僕ではどうにもしてあげられなくて。いや、何を言ってるんだと思うのは分かりますよ。でもね、僕は憎しみを発散しないと駄目な気がするんです。置いてけぼりは、駄目な気が」 「話は一旦、一応理解しました。でもこれでは、世の中への八つ当たりを書けないかと……」 「僕の話の記事のタイトルを、『憎しみは報われない』にして下さい」 「はあ」 「そして、中原さんが僕に対して思った苛立ちの思いとか虚しさとか、あるでしょう?それを書いて、どれだけの憎しみを募らせても人の死を喜べる人間になれるかは運だ。と」 「ああ……」 この人の言いたい事がようやく何となく分かった。そして、この人は燃えていなかった。燃え尽きた炭だった。 「僕は、姉の死を悲しめてよかった。そしてなにより、それが悔しい」 20歳そこらの彼は一人暮らしをする為にバイトで貯金をしていたらしいが、それを今回の依頼に使ったらしい。すぐに一人暮らしをする必要が無くなったからだ。姉がもうどこにも居ないから。彼の姉がどんな人間だったのかなんて私には知る由もないし、想像もしない。 「吉俣さん」 青年の苗字だ。 「ネットに公開したら、消えませんよ。何をしたって。インターネットのおもちゃにされるかも」 「僕のちっぽけで惨めな憎しみ、美味しく料理してくださいよ、中原さん」 若気の至りのお手伝いは、やはり気が引けた。薄茶色の紙の束を見ればその気は戻る。その紙と同じくらい、私は乾燥していると、カサついた唇を思わず舐めてから思い出した。
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