絶対に刺し違えたい

1/1
前へ
/6ページ
次へ

絶対に刺し違えたい

私、中原は、しばしばオンラインゲームで遊ぶ。4対4のチーム戦で武器を選び、ランダムに選ばれたマップで、時間内に敵陣にある大きなギリシャ神話のような塔を破壊した数が多い方が勝ち。勿論殺すし、殺されるし、また生き返って戦いに行く。 文章にすると随分殺伐としているが、これも流行っているFPSゲームの一種だ。 正直こういうゲームは相手を殺せる実力より、死なない実力が必要だという持論がある。死ぬとその分ロスタイムがあるので、どうにか死なずに生き残りながら相手にダメージを蓄積させていく事が大事、だと勝手に思っている。私もそんなに上手いわけではない、私は所謂野良プレイヤーなので、味方運に恵まれここまでランクだけ上がっていってしまった。 ボイスチャットは普段切っているし、文章のチャットはこのゲームの機能には無い。まあ、こういうゲームでは暴言が非常に多いのだ。気持ちは分からなくもないが、聞くに堪えない。チームの連携的には、ボイスチャットを付けた方がいいのだと思うけれども。 「刺し違えたい!絶対に!!」 ある日仕事を終えてそのハマっているゲームを付けた。ゲーム内ではフレンド機能というものがあり、ゲームの試合のチームによく招待されたりしたりする人が何となく居る。今週はこのゲームのシーズン7が終わるらしい。このゲームではシーズンが終わると、ランクがリセットされるのだ。 「タキさん!次俺が出るから裏取って塔壊してくれ!」 「いや、無茶じゃないですか」 「敵のあいつのエイムチートかよって位上手いだろ!ギリまで出てあいつだけでも持ってくから!」 『タキさん』、ゲーム内の私のユーザーネームが『タキ』だからそう呼ばれている。因みに適当に付けた。 この会話の相手はよくチームになっていたフレンドの『あっと』という男性。ボイスチャットを付けてくれなんてサインみたいなものは以前一切この人からは出た事が無かったのだが、今日ログインしたら出していたので、何となく気が向いたから付けてみた。勿論暴言ばかり吐く人だったら即切るつもりではあったのだけど。 「エイム良過ぎて出た味方瞬間死んでますね」 「しかもあの1人だけにやられてるから、敵も彼奴の守りに徹してて鬱陶しい!3人とも長い物に巻かれ過ぎて窒息しろ!!」 あっとさんの微妙な暴言がちょっと面白くて、フレンド間だけのボイスチャットという事もあり個人同士の通話みたいなものなのでまあいいかと、ゲーム中もそのまま続行する事にした。 そして私達は今苦戦している、このゲームでは負けるとポイントが下がり、ランクが落ちたりしてしまうのだ。勿論勝負というものは大体の人が勝利を目指すが、ゲーム内でのランクを落としたくないという勝利への執着で、敵チームも異次元レベルの強さの仲間のサポートしかしない。 エイムが良いというのは、簡潔に言えば敵に攻撃を当てるのが上手いということだ。そしてそれが、敵の1人の実力が桁違いで1人に全員で敵わない状況である。 いつもだったら、私は『捨て試合』に思ってしまう。これでポイントが落ちてランク下がっても別にいいや、またやるし。くらいの気持ちなのだが、あっとさんはどうやら違うようだった。 「俺、明日から暫くこのゲーム出来ないから」 なにか事情があるらしい。ネットの人間なんて顔も名前も年齢も職業も何も分からない。そこが良くも悪くも、インターネットだ。 「時間無いな。あっとさんこれ負けたらランク落ちるんですか?」 「そうなんすよ!絶対無理!てかあの異次元エイムに勝ちたい!」 「…………」 あっとさんは恐らくこのゲームにとても熱中している人で、他にも沢山ゲームをやっているタイプの人だろうと勝手に推測していた。ゲーム内でも上手な人だと思っていたし、活躍した味方にグッドマークを付けているのをよく見た。本当にゲームを楽しんでいる人なのだ。 「高台から下ろさないと話になりませんよ」 「周りの奴がめちゃくちゃ爆弾置いてるから近付けないんだよなクソー」 と、言っているうちにどうにもこうにもならないこの状況を打破する小さな爆発のようなことが巻き起こった。味方の1人がほぼ己はキルされる事確定で敵3人が数秒うまく動けなくなるような攻撃をしてくれた。そして、その味方にはリスポーン中のマークが付いた。数秒後、マップの始まりの地点からまた戻ってくるのだ。もう1人がそれを見計らってか3人を一気に仕留めていて、しかしやはりダメージも受けたのかリスポーン中のマークが付いた。この間数秒、2対1である。 「自爆で俺があいつ持ってくから、頼む!!」 「えっ!?」 あっとさんはもう言う前に飛び出していたし、ダメージを受けながら完全にギリギリのHPを残して自爆して、例の『異次元エイム力の敵』諸共死ぬつもりなのだ。 「なんかいてえ!?うわ上か!トラップまである!この人めっちゃ頭良いな!!」 私は裏に回って塔を壊す、簡単な事でもないので重要なことを突然任されて正直手に汗握っているが、あっとさんはやばいやばいと言いながらも近付いているようだった。いける。これで戦況も変わると思ったが、聞こえるはずの自爆音が聞こえず、スナイパーの射線がこちらを捉えようとしているのが見えた。 「タキさんごめぇぇん……自爆する前にやられた……」 「大丈夫」 「塔壊した!?」 あっとさんは本当に申し訳なさそうにリスポーン中喋っていたが、私の返答に期待していた。だが恐らくこの言葉は彼には予想外だろう。 「仇を取りました」 「えっ!?な、いやその前に塔壊さないと!!キルよりそっちの方が」 「あと今私自爆で塔壊すんでリスポーンしたら宜しく」 あっとさんの与えていたダメージのおかげで『異次元エイムの人』を私が倒せたのだ。こちらが裏取りしている時に捕らえられた射線で逆に相手の位置が分かった。奇跡的に撃ったら当たってキルマークが付いた。もう他の敵3人が来る頃だったので、私は塔の前で自爆。 ゲームは引き分けだった。この場合キル数が多い方が勝利で、勿論敵チームの勝利だった。 なんだかゲームでこんなに熱くなったのは久々だった。そして、私はこういう熱さがあるからやめられない。負けても楽しかった。今回は確実にあっとさんのおかげである。 「あー悔しー!タキさんあざした!ボイチャいきなり誘ったのに来てくれると思わなかったです」 「いや、たまたまですけどね。こちらこそ有難うございました。楽しかったです」 「俺、明日から入院して手術するんすよー」 「えっ」 ゲーム中と同じ軽い口調で言い始めるものだから思わず声が漏れてしまった。 「だからさいごかもしれないし、勝ちたくて、あの時もう倒すのは無理だから、刺し違えたい!絶対に!!って思ってたんすけど、いやあ、超強かった……」 「あ、ああ……本当に強かったですね。でも味方も皆頑張って最後凄い熱かったですよ」 「俺、自爆できなかった時マジ終わったと思って本当に萎えたんすけど、タキさんが仇取りましたって本当に倒しててマジなんか、嬉しかった」 「あっとさんの頑張りですよあれ、私、おこぼれのキル」 「いや、仲間の仇打ったって熱いですよ」 「それは、たしかに」 その後、あっとさんの手術が成功してまた機会があればいつか一緒にやろう。というような軽い雑談をして、ボイスチャットを切った。今夜はそのまま布団に入り、眠りにつくまでゲームの事を思い返した。 あの『異次元エイムの人』は一体何者だったんだろうか、流行っているゲームなので人口も多いはずだし、たまたま当たった事が無かっただけでずっとやっていたのか、復帰してきたのか。そしてあっとさん。手術とは、大きなものなのか、 ──さいごかもしれないし、 というあっとさんの言葉は、ゲームの事なのか、果たして、とちりちりとした不安の火花がぶわっと燃えそうになったところで、考えるのをやめた。あまり気にし過ぎても仕方ない。あの強かった人のユーザーネーム、あれ、確か……。何か思い出せそうなところで意識が眠りに覆われていった。 「あの『あっと』って人強かったなあ」 「先生このゲームやるとずっとやるからやめるってやめたんじゃなかったんですか?」 「最近またやりたくなっちゃって。流石に8時間連続でやるとかはもうしないよ」 「まあ、原稿提出してくれれば、私は穂波津先生がゲームしてる画面見るの好きなのでいいですけど」 「俺が強いからだろう!」 「でもさっき倒されてたじゃないですか」 「あれは私の愛しい人に殺されるっていう擬似体験!」 「知ってる人だったんですか?」 「たぶんね」 「愛しい人……って?」 「殺しちゃったけど、また『あっとさん』と当たりたいな、強くて面白かった」 「会話して下さいよ」 「盲目な愛だから駄目かも」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加