16人が本棚に入れています
本棚に追加
1章
1
「皆さんに今日ここへ集まってもらったのは」
洋室の真ん中で、探偵が両手を広げた。
「あの悲惨な事件の真相をお話しするためです」
「真相だって?」
と、喰いついたのは刑事の金安だ。
「この殺人事件は、我々警察が、責任をもって解決します!」
鼻の穴を広げた金安刑事を、探偵はひややかな目で見つめる。
「私は警察が見落としたある重大な事実を見つけたのです。今から、それをお話します」
探偵は部屋を見回した。ホテルの一室の中には、年齢性別様々な人間がいた。総勢、大体10人弱と言ったところだろうか。……私も、その中の一人である。事件から2日たった後、私達容疑者は、殺害現場であるホテルの1室に呼び出されたのだ。
「事件を整理しておきましょう。推理小説作家の枝川剛が殺されました」
もうわかっていることを、探偵が繰り返す。
「殺人事件であることは明白でした。しかし殺害方法は非常に突飛なものだったことは覚えていますね? 被害者は、撲殺され、刺殺され、毒殺され、絞殺され、溺死し、そして感電死していたのです」
「人が死ねるのは1回だ」
金安刑事が口をはさんだ。
「被害者は頭を強く殴られた。それが直接的な死因だ。そのあと胸部を7か所刺され、口に猛毒である青酸カリの結晶を含まされている。その後コンセントで首を締められ、首の骨を折られた。次にバスルームに連れていかれ、水に漬けられたあと、最後に浴槽の中にスイッチの入ったスタンガンを入れられている。……直積的な死因は撲殺。あとの行動は、死んだ後の遺体に対してに行われている」
「ご説明ありがとうございます」
探偵が軽く頭を下げた後に続けた。
「奇しくも、推理作家の枝川剛が殺害されたのは、小説賞の受賞パーティの夜のことでした。賞金一千万を狙った犯行か、それとも怨恨や嫉妬によるものか」
「何度も調べ上げました。容疑者の当日のアリバイは皆確実。全員に動機の類など一切ないのです!」
金安刑事が、自身の捜査力を主張した。
「それを確かめるために、今日ここに容疑者の皆さんに集まってもらったのですよ」
次に、探偵は驚くようなことを口にした。
「単刀直入に言いましょう。作家の枝川剛を殺したのは……朝倉相馬、あなたです!」
室内全員の目が、一斉に朝倉相馬に注がれた。一方私はと言うと、誰が朝倉相馬なのかわからないので、しばらく視線を泳がせた。それから全員の視線の先を追って、朝倉相馬という人物を見つけ出した。
若い男性だった。体格が良く、なかなか顔立ちも整っている。モテそうだ。この人が犯人であるらしい。
探偵に指名された人物……朝倉相馬は、しばらく意味が分からないという風にぽかんとしていたが、だんだん自分の立場が分かって来たらしい。慌てて反論をした。
「何かの間違いだ。俺は殺人なんてしていない」
「シラを切るのはそろそろやめなさい」
探偵は冷たい声で言う。
「本当にやっていないんだ。それに、俺にはアリバイがある」
「そのアリバイが問題だったのですよ」
探偵が言った。
「朝倉相馬さん。あなたは犯行時刻に、ホテルの外のコンビニで買い物をしていたと証言していましたね」
「ああ、その通りだ。コンビニの監視カメラにも映っているし、店員の目撃証言もある」
「しかし、ここで矛盾が生じるのです」
探偵が指摘を始めた。ところで、私はこの探偵の名前を知らない。気づいたら警察の現場に来ていて、現場をひっかきまわしている。くたびれたジャケットを着ている眼鏡のオッサンである。なんという名前の探偵なのだろう?
「あなたがコンビニで買い物をしている同時刻に。ホテルのカメラにもあなたの姿が写っているのです」
「……は?」
朝倉相馬が青くなった。
「言い換えれば、同時刻に、同じ姿のあなたが存在しているのですよ。ホテルの廊下と、コンビニの中。同じ人物が2人いるなんてありえません。そして、これを解決する結論が、1つだけあるのですよ」
探偵は、指を1本突き出して、朝倉相馬を指さした。
「朝倉相馬。あなたには……一卵性の双子の弟がいますね?」
目に見えて、朝倉相馬が狼狽し始めた。顔の目の前で指さされたせいだろうか、数歩後ろに後ずさる。
「あなた方が2人同時に移っている写真が入手できなくて。ずいぶん以前のものになってしまいました」
探偵が懐から取り出したのは、1枚の写真だった。そしてそれを、皆に見せびらかすように回す。私は背伸びをして、探偵が持っている写真を遠目に見た。
小学生ぐらいの男の子2人が、一緒に座っている写真だ。どこかの公園だろう、おそろいのシャツを着ておそろいの髪形をしており、どちららがどちらかわからない。彼らが一卵性の双子なのは間違いないだろう。
顔色を失っている朝倉相馬を見て、探偵は満足したようだった。
「いかがですか、朝倉相馬さん? ずっと双子の存在を隠していたようですが、この私に隠し事は不可能だと思ってください」
「俺は……俺は……」
朝倉相馬は狼狽していた。『狼狽』という単語を擬人化するなら、今の朝倉相馬の姿をしていただろう。
「俺は……俺は、殺人なんてしていない!それに、弟が監視カメラにだなんて……何かの間違いだ!!」
「現に、彼と、あなたの弟が、同時刻に監視カメラに映っているのですよ」
探偵の推理を聞きながら、金安刑事が朝倉相馬に近づいた。
「朝倉相馬さん。署まで来ていただけますか」
金安刑事が肩に手を置いた。
「それから、重要参考人として、弟さんも署まで来ていただきます」
朝倉相馬はその言葉を聞くと、はじかれたように金安刑事の手を振り払った。怯える動物のように、刑事から距離を取る。
「俺じゃない!!」
朝倉相馬は、助けを求めるように、ホテルの部屋の中を見回した。しかし、ここには彼の味方はいなかった。容疑者たちは全員……私も含めて……朝倉相馬を冷ややかな目で見ていたし、刑事もそうで、探偵もそうだった。
やがて彼は、部屋の中のものに視線を動かし始めた。ベッド。絨毯。ランプ。鏡。本棚。窓枠。
そう、今彼を助けてくれるのは、外へと通じる、窓だけだった。
最初のコメントを投稿しよう!