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以上があらすじである。
推理小説ファンの私は、たまたま地元で開催された、推理賞授賞式を野次馬で見に行った。そして殺人事件に巻き込まれたというわけだ。
推理小説界の巨匠、枝川剛が殺されてしまうとは。私はまだ事実を受け入れられないでいた。枝川剛と言えば、知らないものがいないぐらいの超売れっ子作家なのだ。彼の新作が。もう二度と読めないだなんて信じられない。そして、その作家を殺したのが、あの朝倉相馬だという。なんて許されないことをしたのだろう?
今までのことを思い出していた私は現実に引き戻された。酷い音がしたのだ。具体的に言うと、ガラスが割れる音が鳴り響いて、朝倉相馬が窓から飛び出した。
私は息をのんだ。さっき狼狽していたのは目に見えてわかっていたが、まさか窓から飛び降りるなんて……。と思っていたら、どうやら状況は違うらしい。
金安刑事が、窓から体を乗り出して、外を見て叫んだ。
「屋根沿いに逃げたぞ!追え!」
慌てた刑事と部下たちが、私の突き飛ばすように、外へと走り出していった。
ホテルの一室は騒然となった。周りの容疑者たちがざわざわとお互いに騒ぎ出した。私も騒ぎたかったのだが、この部屋には知り合いなどいない。なにせ、枝川剛の受賞パーティの参列者たちだ。著名な作家たちや、編集者がほとんどだ。それ以外は、このホテルの従業員。私のような、単なる一般人はこの部屋にはいなかった。
探偵はこんな状況でも、なぜだか得意げな表情だった。警察の無線が飛び交い、部屋の内の何人かは外へ応援に出て行った。慌ただしい一幕が落ち着き、部屋が鎮まるころに、探偵はこういった。
「朝倉相馬が真犯人であることは間違いありません」
「まさか、彼が犯人だったなんて……」
そう口を押えたのは、被害者と生前親交の深かった作家だ。
「彼に一卵性の双子がいたなんて。探偵さん、良く見つけましたね」
「人探しは得意なんですよ」
「双子の入れ替わりトリック……これで、この事件のトリックに説明が付きますね」
私は、彼らの会話に耳を傾けながら、こう考えていた。
いや、そのトリックには無理があるだろ。
双子の入れ替わりトリックなんて禁じ手だ。特に、最近の推理小説でならなおさらだ。現実には双子が殺人に協力する現実というのはあり得るのだろうか。
だとしたら、懸念が生じる場所もある。犯人……朝倉相馬の言動だ。
双子を用いてアリバイを作るのなら、同時刻に同じカメラに映るなどという、そんな単純なヘマなんてしてしまうものなのだろうか? それに、さっきの朝倉相馬の言動も気になる。たかが1枚の写真を突き付けられただけで、窓から逃走するのは、なんだか不自然に思えた。
それとも、トリックがバレた犯人というのは、そういう心理状態になるのだろうか。こればっかりは、人を殺して犯人になってみないとわからないのかもしれない。
「逃げ切れるはずもない。朝倉相馬は必ず捕まるでしょう」
探偵は満足そうに言う。
「我々はどうすればいいのですか?」
容疑者のうちの一人、ホテルの従業員である女性が尋ねた。
「もう解散して結構です。あなた方をここに集めたのは、事件の真相をお伝えしたかったからなんです」
なるほど、この探偵は、探偵小説のようなことをしたかったということか。私は探偵さんを……この人なんて名前だったか忘れた……を見て、愛想笑いをすると、そのまま部屋を退出することにした。
人ごみに交じって退出しようとする私に、探偵は声をかけた。
「柏木ミナトさん」
フルネームを呼ばれて、私は立ち止まった。そして振り返る。
「今日は来てくださって、ありがとうございました」
探偵に軽く会釈をされたが、お礼を言われる筋合いはない。探偵と警察に『容疑者は全員集まってください』と言われて、拒否できるわけがないだろう。
「ここだけの話ですが、柏木ミナトさんも、捜査の後半までは、重要な容疑者だったのですよ」
「私が、ですか?」
驚いて尋ねると、探偵はにやりとわらった。
「容疑者の中に、科学捜査本部で働く鑑識がいたんですよ。あなたのことです」
私は探偵をしこしだけ睨んだ。 探偵の背は高かったので、私は見上げる形になる。
「確かに、私の職場は鑑識ですが。どうして私が重要容疑者になるんです」
「自分の犯行のためなら、証拠を隠ぺいしかねないと思いまして」
大変失礼な物言いだ。
「実際この事件、採集された指紋が識別不能になるという事態も起こっています」
「採集できる指紋の制度には限界があります」
「とにかく、今日はありがとうございました」
一体何のつもりなのだろう、失敬な探偵だ。私は内心腹を立てながら、殺害現場であるホテルの部屋を後にした。探偵って言う職業は、いつも失礼な物言いになるのだろうか?
まぁいい。犯人も特定されたことだし、あの事件は解決だ。あの失礼な探偵のことも忘れてしまおう。
私は、これから提出しなければならないデータがあるのだ。
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