1章

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4  午後16時。 私はイライラしながら、ネットカフェの前の坂道を歩いていた。目的が達成されなかったからである。  あの後、私はネットカフェの中のブースを3回移動した。結果はダメだった。私がブースに入った瞬間、あの赤い画面が表示されるのだ。なんだこれは、何かの陰謀なのか。  私はブースの中で立ち上がって、他のブースのパソコンをチラッと覗いてみた。他のブースの客たちは、皆思い思いにインターネットを楽しんでいる。オンラインゲームをしている人間、動画を流しながら漫画を読んでいる人間。  あの赤い忌々しい画面は見当たらない。どうやら、私がいないところでは、あのウイルスは出現しないらしいのだ。  私はデータ提出という目的が達成できないまま、ネットカフェを退館した。データ提出どころか、今日はマウスポインタを1mmも動かせていない。USBだって差し込むことすらできていないのだ。  これがUSBを差した瞬間に、あのウイルスが……となれば、USBがウイルスに感染していると検討つけることができるのだが。私がパソコンに触った瞬間って言うのはどう考えてもおかしい。それとも私がウイルス感染源なのか? そんなことってある?  もやもやと考えていると、カバンの中でバイブ音がした。着信のようだ。画面は、見慣れない携帯番号。画面を見ながらしばらく放置しても、ずっと鳴っている。誰だろうか 「はい」  知らない番号だったので、警戒した声色で私は出た。 『ああもしもし、柏木さんの携帯でよろしかったですね』 「はい」 『私です。金安です』  誰だっけ?と一瞬間が開いてから、思い出した。そうだ、刑事だ。警視庁の刑事さんなので、私が勤める県警とは管轄が違うので、すっかり忘れていた。それにしても、向こうが私も警察関係者だと知っているのだろうか……。 「金安さんですね。どうしたんですか」  私は、金安刑事に、自分が鑑識だということは伏せていた。伏せていたというか、わざわざ言わなかった。土曜日に、管轄外の仕事をするのが嫌だったからだ。 『朝倉相馬がまだ逃走中です。捕まっていないんです』  まだ頑張っているのか、あのお兄さん。 『おそらく、他に協力者がいて、彼をかくまっていると思っているんです』 「はぁ」 『柏木さん、朝倉相馬からコンタクトはありましたか?』 「いや、ないですけど……」  そもそも朝倉相馬とは初対面だったし、お互いの電話番号なんて知るわけがない。 『何か、彼からコンタクトがあった場合、すぐに私に連絡してください』 「はぁ」  土曜日なのに、忙しい刑事さんなことだ。 『ではこれで失礼します』  挨拶返す前に、電話は切られた。きっと、今日あの部屋にいた人間全員に電話をかけまくっているに違いない。私はスマホをカバンにしまった。  歩きながら電話をしていたため、そろそろ目的地にたどり着くところだった。この近くにある、もう一件のネットカフェだ。さっきの店より古くてボロいが、私はデータ提出さえできればよい。私は大きく息を吸い込むと、自動ドアに突撃して行った。  30分後、私は自動ドアから出てきた。惨敗である。  おかしい。どう考えてもおかしい。この店でも、私がパソコンを触ろうとするとあの赤い画面が出てきて操作不能に陥るのだ。誰かに監視されて、ピンポイントでいたずらされているとしか思えない。  なんてことだ。私にデータを提出させないための陰謀なのか? どんどん時間だけが過ぎていく。これはきっと原因があるに違いない。  私はスマホの画面を眺めた。さっきのネットカフェの画面にウイルスが現れたとき、私は写真を撮っておいたのだ。  画面を拡大する。 『お使いのコンピュータはウイルスに感染しました』  ここまではいい。 『……PCを起動させたい場合は、以下の住所を訪れてください。そろそろ諦めてください。この手続きを完了させない場合、あなたがコンピュータを使うことはできません』  私は画面を凝視した。『そろそろ諦めてください』。さっき、こんな文面あっただろうか?私はネットカフェの前で、長考した。  警察に通報するとしても。私がコンピュータを使えるようになるにはかなり時間がかかるだろう。なにせ、警察のサイバー課というのは土曜休みで、今日は土曜日だ。ちなみに鑑識課も土曜休みなので、私も休みなのである。土日祝休み万歳。 『以下の住所を訪れてください』……。  私は住所の番地を見た。  近くだ。同じ県内、同じ市内。ここからなら、1時間もあれば辿り着ける。  だけど無謀ではないだろうか? ウイルスに表示された住所を訪れるなんて馬鹿馬鹿しい。罠に決まっている。どうせ、怪しい企業の住所のように、存在しない建物や空き地の番地の住所に違いない。あるいは、集まって来たウイルス感染者を集めて人身売買をしているとか。推理小説を読みすぎると、現実世界の思考にも影響が出てしまうのが困りどころである。。  しかし、私は好奇心に勝てなかった。。足が届く範囲内に表示されている住所である。そして、ここまでピンポイントにウイルスを仕掛けてくるハッカーとは、一体どんな人間なんだろう。どんな場所に住んでいるのだろう? 別に中に入らなくてもいいのだ。少しだけ、前を通ってみるのもいいかもしれない。  私は歩き出していた。
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