1章

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5  私はスマホに表示された住所と、目の前の景色を眺め比べていた。左右を大きく見まわし、なんならこのブロック一角を1周した。だけど53番地はここで間違いない。  私はもう一度スマホを見る。それから、目の前の建物をみる。街を間違えただろうか?……いや、間違いようがない。K市の旭町といえば、市内にはここしかない。  私はいくら住所を見比べていても仕方がないことに気が付いた。それからスマホをしまって、大きく深呼吸をした。ウイルスに表示された住所に立つ建物は、どの想像とも違っていた。  邸宅。  大きな大きな邸宅だった。日本式ではない。これはイギリス式というのだろうか? 赤いレンガが印象的な洋館で、この区画だけ、確かに街灯が洋風のものになっている。  窓は縦に3つ、いや4つ並んでいる。屋根はここからでは見えないが、壁と屋根の境目がおしゃれである。雨どいとは言わないのだろう。なんというのだろう、あのお洒落な、黒光りする金属は。  玄関とみられる大きな扉は、スロープを上った先にあるようだった。表札は出ておらず、しかし内側から光が漏れているので、中に人がいることは間違いない。  考えられるのは……と私は推理した。この邸宅の住所が、勝手にウイルスに使われているという可能性だ。この邸宅も恐らく被害者だろう。  だけどせっかくここまでやって来たのだ。玄関のドアベルは、押してほしそうにこちらを向いている。少しだけ中を覗いてみたい。あとボタンがあるなら押してみたい。  この素敵な邸宅は、中はどうなっているのだろう? 間違えました、と言うだけでも、開けてもらって中を覗くことぐらいのことはできるのではないだろうか。  私は好奇心に勝てなかった。鑑識というのは、ナゾを解くために存在しているのだ。このナゾを放置しておいては、鑑識としての名が廃るだろう。  私は軽快にスロープを昇ると、それでも一瞬ためらってから、わくわくしながらドアのベルを押した。 「ようこそいらっしゃいました」  中から出てきたのは執事だった。すごい、本物の執事だ。 黒いスーツに身を包み、白髪の品の良い、背筋の良いお爺さんである。モノクルはかけていない。  私はしばらくぽかんとしていたようだった。それから、私は慌てて言葉を紡いだ。 「えっと」  しまった。何も考えていなかった。なんて答えればいいのだろう? しかし、ずっと黙っているのはまずい。私は慌てて声を出した。 「こちらの住所を訪れてくださいと、パソコンの画面に表示されたんです」  言ってしまってから、私は顔をしかめた。なんて無様な文句だ。 「パソコン?」  執事はぽかんとしているようだった。ほーら、だからやめときゃよかったのに。 「少々確認いたしますね。しばらくお待ちください」  執事は中に戻って行った。  ほーら手間とらせちゃった。間違えましたって言ってすぐ帰ればよかったのに。  しかし、執事はまだ扉を開けている。 「よろしければ、中でお待ちください」 「えっ、いいんですか」  私の口からは、とんちんかんな言葉が飛び出した。 「どうぞ」  こうして、私は邸宅の中に案内された。
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