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中はひんやりとして涼しかった。床は黒と白のチェス盤柄になっていて、横には巨大なコート掛けが置いてある。もっと奥の方には、緑色の螺旋階段が2階へと続いている。私の部屋の3倍以上あるこの空間が、どうやらこの邸宅の玄関らしかった。
執事は会釈をすると、奥の方に下がって行った。チェス盤柄の玄関は、廊下までがゆっくりとした坂になっていて、奥の方は木造りの素敵な洋館の廊下にいる。
私はしげしげと内装を見渡しながら待った。邸宅の中はしんと静まり返っている。
ひとしきり玄関を見て好奇心を満たすと、私は不安になった。なんて言って帰ろう。こんな素敵なところが、ハッカーの本拠地ということはあり得まい。
私がスロープの坂を足でいじって遊んでいると、奥から音もなく執事さんが帰って来た。
「お待たせいたしました」
執事さんは笑顔だ。
「主人がお待ちです。奥へどうぞ」
お待ち? 何かの間違いだろうか。
「あの、すみません。何かの間違いじゃあ……」
「いえ、あなたがここに来ることは、わかっていたそうです」
「わかっていたって……」
「あなたをここに呼んだのは、ご主人様ですから」
「まさか」
私はごくりと喉を鳴らした。どうやら、この邸宅の主人こそが、あのはた迷惑な赤いウイルスの作成者らしい。もはや間違いない。そしてもう退路はなさそうだ。
案内されるまま、私は道中の時計を見た。時刻は午後17時。締め切りの日付が迫っている。
邸宅の中には、豪華な調度品が並んでいた。どう見ても日本の家ではない。廊下の間取りはとても広くとられているし、廊下の行き止まりには、謎の棚とか置時計が置かれている。壁紙は、緑と深緑色の複雑な、おとぎ話に出てくるような模様をしている。
「こちらでございます」
執事さんが、歩むのをやめて大きなドアの前で立ち止まった。扉の中に向かって、凛とした声を張り上げる
「リュート様。お客様をお連れしました」
リュート? こんなところに住んでいるのは、やっぱり外国の人間なのだろうか。考える間もなく扉が開かれたので、私は促されるままに部屋に入った。
高い天井だ。そして広い部屋だ。壁には、何かの大きな絵画が何枚もかかっている。一番向こうには大きなカーテンと、その前に高級そうな机があって、その向こうに一人の人物が腰かけていた。
「ようこそ」
私はその顔に見覚えがあった。
「朝倉相馬さん……」
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