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「脅迫って……何をするつもり」
私はぎゅっと自分の手を握りしめた。
「キミのことはよく調べさせてもらったよ」
リュートが1枚の名刺を取り出した。……いや、よく見たらあれは私の名刺じゃないか。なんであんなものを持ってるんだ。
「K県警鑑識第二課第二部、生物捜査班所属、柏木南音」
リュートは私のプロフィールを読み上げ始めた。
「今日の21時までに、提出しなければならないデータがあるね?」
言われてから気が付いた。今は一体何時だろう。左の壁には暖炉があって、その上には洒落た時計が乗っていた。
……17時の少し前。大丈夫。締め切りは21時だ。まだ間に合う。私は正面のリュートに視線を戻した。
「……何で知ってるの」
「全部は言わないけど、キミのことなら大体知っているよ」
「まさか……」
「キミが、推理小説を書いていることもね」
「あ゛っ」
言われた瞬間、私の額から汗が噴き出した。誰にも言ったことはないはずなのに。
私は推理小説ファンだ。同時に、自分でも推理小説を書いたりもする。
私が無言で動揺しているのを見て、リュートは非常に上機嫌になった。
「今日の21時は、とある推理小説賞のデータ提出締め切り。そんな忙しいキミが午前中にホテルを訪れたのは、かなり苦渋の決断だったはずだ」
バレてるバレてる。完全にバレてる。やばい。どこからバレた。
ハッキングか。私は全部パソコンで小説を書いている。まさかハッキングする最中に、中のパソコンのデータも見られたのか。
「キミはまだ小説家じゃない。見習いだ。だから、締め切りは絶対に厳守しなければならない。パソコンが動かなくなって慌ててネットカフェに行ったのも、出された指示に慌てて従ってしまったのも、全ては今日の締め切りのせいだ」
リュートはとても愉快そうに、にこやかに手元の時計をいじっている。
「そ、それがどうかした……?」
私が絞り出した声は、推理小説の中で追いつめられた犯人そのものだった。
「言ったじゃないか。キミを脅すと」
リュートは無慈悲である。
「もしキミが僕に協力しないというのなら……」
次にリュートから飛びだしてきた言葉は、私にとても効いた。
「キミの職場にバラすよ。キミが小説書いてるってことを」
「やめて!!」
ほぼ私は涙声で叫んだ。
「キミの職場は県警の鑑識。そんなキミが、日々の仕事の事件をネタに、犯罪小説を書いていることがバレたら……」
「やめてってば!!」
「鑑識にある守秘義務はどうなるのかなー」
「やめてってば!!」
私は繰り返して同じワードを繰り返すしかない。
「副業も禁止だったよね」
「やめてってば!!」
「バレたらたぶんクビだよね」
「だからやめてってば!!」
その脅しはとてもとても私に聞いた。そもそも、私は学生のころから推理小説が好きだったのだ。少なくとも、自分で書いてみたりするぐらいには好きだった。
だから、なんかノリで『あっ推理小説で見た奴だ!』と鑑識を受けたら、なんかノリで受かってしまい、なんかノリで勤め始めて早い3年目。
その間、私はずっと推理小説を書いてきた。もちろん職場には秘密で。
バレたらヤバいのはわかっていた。県警というのは、様々な犯罪を扱う。私の目や耳には、毎日のように犯罪のネタが飛び込んでくる。犯罪の手口や隠ぺい方法、指紋の採集方法や、最新の遺伝子鑑定技術、などなど。
もちろん、実在の事件をそのまま推理小説にしたことはない。守秘義務にかかわるし、被害者に失礼だ。警察の捜査方法が公にされれば、犯罪者に有利になってしまう。もちろんフィクションを加えて、私はいつも推理小説を書いてきた。
私が推理小説を書いてることを知ったら、上司はいい顔をしないだろう。最悪クビである。
「で」
リュートはにこやかにほほ笑んだ。幼稚園児を相手にしている大人が見せるような、慈悲深く優しい笑みだ。
「僕に協力するの?しないの?」
答えられない私を見て、リュートはさらに言葉を続ける。
「しないのなら、キミを窮地に追い込むけど。」
「します……」
私は膝から崩れ落ちた。
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