電車で拾った文書

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電車で拾った文書

 人間の瞬きには約0.75秒の時間を要する。  そしてこの約0.75秒の孤独を人間は1分間につき20回ほど行なっている。  そうだ。瞬きとは目を閉じ、世界から一方的に放り込まれてくる情報を遮断し、己のみの孤独な空間に出入りする行為だ。  私はこう思ってみた。 「私が一度瞬きする毎に1000万人が命を落とすとすればどうだろう」  テロ     飢饉         災害             戦争  命の落とし方などどうでもいい!  この孤独な世界の外側で何が起ころうと私には関係ない!      そうだ!           関係ないのだ!  かつてない衝動は津波が街を飲み込んでいく3.11の映像を彷彿とさせた。所詮は3日坊主の狂乱、焦燥は焦燥としての形を形成するよりも早く死に絶えるだろう。  残るは退屈という焼け野原。  もしくは忘却という平野。  なのになぜこんなことを考えたのかって?          答えはシンプルだ。  例えば君が全裸になって明日学校や会社に行ったとすればどうだろう? 怒られるかもしれん。 恥もかくだろう。 だがそのかわり、お前は今までの凡人ではなくなる!皆は宇宙人でも見るかのような目で君たちの恥部を見る。そしてその光景は、その者たちの記憶にカビが如く根を張り巡らす。 君が何もせずただ普通に生きていれば、学校で想いを寄せるあの子や、会社でお前を蔑ろにしてきたクズ野郎供にとってお前は 「あぁ、そんな奴もいたねー」 という存在にしかならなかった。 それがどうなった?彼らは君との関係を断っても思い出すだろう。飯を食うとき、眠るとき、恋人との時間の中、あらゆる場所でふとお前の記憶が顔を出してくるのだ。  私のこの瞬きに関しても同じ事が言える。もし私が本当にそのような能力を持ったとすれば、人類は私を殺すはずだ。だがそれはただの人間のただの死ではない。全人類に対してマシンガンを構えた悪魔の死である。1000万人のうちの一人は自分か、家族か、友人か、恋人か。そんな恐怖に怯える人類にとって私の死は歴史的瞬間になる。  人は誰しも気付かれたいのだ。認識して欲しいのだ。賞賛でも恨み言でもいいから、誰かに自分という存在を見つけて欲しいという何とも自分本意な目的を持っているのだ。  誰しもが、この1000万の瞬きを持つに足る。持ち得るのだ。 そこまで書き上げて、私はペンを置いた。所々でおかしな文章になっていたら申し訳ない。    私は全盲なのだから大目に見てほしい。    私の瞬きは永劫だ。君の世界に私はいない。君の世界は私にとっては外の世界だ。孤独の世界に生きる私にとっては想像することすら虚しい。  私はこれからこの文書を懐にしまったまま、電車に乗り、ナイフを振り回す。全盲の私にとっては何人殺したかを確かめる術はない。全盲の私にとって逃げる事はできない。ある程度暴れたら自分の首を切って自殺するつもりだ。しかしそれでも構わない。  外側の世界の人間がどのような死に方をしようが、何人死のうが問題じゃない。もう私は1000万人の命を奪っている。十数年間生きてきたなかで、この永劫の瞬きの裏で何人が死んだ?テロで!飢饉で!災害で!戦争で!        見ろ!  君の世界に存在しない、得体の知れない化け物を!     そして記憶に刻め!  この化け物の死を!人類の歴史的瞬間を!  そしてまだ見ぬ化け物たちよ!  私は一足先にあの世で待っている。 孤独の世界すら抜け出して、あの世というまだ見ぬ世界で君と会えるのを楽しみにしている!  さらばだ!        また会う日まで!
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