わるい子の品定め

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 店員を呼ぼうとした私に、鋭い言葉のナイフが突き立てられた。単刀直入すぎて、咄嗟に言葉が出てこない私は滑稽に違いない。高級店に浮かれて迂闊な行動、口は勝手に友達から貰って、という苦しい言い訳を吐いた。 「キスする友達か?」  強力な反撃に為す術もなかった。彼が鼻で笑ってから顎で後ろを示すので恐る恐る振り返れば、心臓が大きく跳ねて冷や汗があふれた。青ざめているだろう私に、後ろの席にいた男が穏やかに微笑み、手を振った。紛うことなき先程別れたばかりの社長の息子である。  どうして、と無様な独り言に彼氏一号がゆったりとした、嘲るような口調で答えてくれた。 「お前は知らないだろうけど、あいつと俺、知り合いなんだよ」 「……っは、なん、ありえない、偶然」 「偶然? おめでたいやつだな。そんなわけないだろ。俺が頼んで、お前を誘ってもらったんだよ」 「なっ、んで」 「そろそろ結婚しようと伝えようと思ったんだが、そうなるとお前の言動とか不審なところが多かったからな」 「ふ、不審?」 「お前言ったよな『今は貴方だけよ』って。男癖が悪いって噂は嘘で、今は俺としか付き合っていないと。俺以外と結婚する気なんて起きないと」  彼は言う。信じられなかったのだと。だから一度だけ試させてもらった。大企業の次期社長の友人に誘惑されてなびかないのか。なびいたとしても、誠実に対応するのか。彼を振って社長と付き合うのか。全て。全部。結婚する女に値するかを見定めるために。  屈辱に、ぶわりと膨れ上がった怒り。私は騙された。自分の彼女を誘惑してくれなどと頼むなんて有り得ない。なんて男なのだろうか。内に秘めるなど到底出来ない、こみ上げてきた激情を荒々しく投げ付けた。 「最低ッ!」 「そうだな。俺は最低だよ。自分の彼女を試すような男だ。だけどな、それ、そっくりそのままお返しする。……はは、俺たちは案外似たもの同士なのかもな」 「馬鹿にするのも、いい加減にしてよ! あんたのせいで時間無駄にしたんだけど! 謝って」 「謝る? 時間を無駄にした?」  ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった私を、彼が睨み付けた。怒気を孕んだ、鋭い眼光は私を射殺すようだ。まるで縫い付けられるように身動きを封じられて、ひゅっと息をのんだ。冷ややかで侮蔑の表情を真っ向から向けられ、恐怖を覚える。怒りに熱くなっていたのに地を這うような低い声音で一気に体温を下げられ、かたかたと体が震えた。 「だからな、それは全部俺にも当てはまり、お前にも当てはまるんだよ。お前、二股して品定めしてたんだろ」 「そ、れは」 「同じだよ。」  気難しい男が嘲笑うように口元を歪めた。  社長の息子が近づき私の背後に立つ気配。前後から威圧されて逃げられないと悟った。  ――どうやら、品定めをされていたのは、私の方だったらしい。
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