貮ノ書

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何十分車を走らせたのだろうか。時刻はもう、正午を過ぎていた。 怪異事件のあった宮道踏切の前に田路は車を停め、柴間は踏切を挟んで飯沼孝介が神隠しにあった神社を眺める。 (確かにあの場所だけ流れる空気が違う) 「お前は、肝試しをした友達二人を連れてこい」 車から降りてきた新井を指さして、柴間は言った。 「わかりました」 「俺らはその間に準備をしておく」 「じゃあ、行きますね」 「あと、これを持ってけ」 三枚の呪文(じゅぶん)を書き込んだ、人形の和紙を新井の手の上に無造作に乗せる。 これは何? と言いたげな顔で新井は、柴間を見ていた。 「俺の念を込めただけの式神だ。もしお前が怪異に襲われたら、それが俺の分身としてお前を助ける。二、三回の攻撃なら防げるだろ」 単純な命令だけを伝えただけの下位式神。ただ自分が壊れるまで柴間が書いた命令を守る式神だ。 (時間がもっとあれば上位式神を作れたが、まあしょうがないか) なんて事を思いながらも柴間は結界を張り始める。 「汝よ我らを守り、人ならざるものをここから出すことを禁ずる。白式結界!」 柴間がそう唱えれば、目には見えない結界が神社を包んだ。 「何故、白式結界を?」 「ここで黒式結界を使えば、あとから来るこの怪異事件の元凶達を招き入れられないだろ」 黒式結界とはその性質上、外からはその中での出来事を見ることが出来ず、そして怪異、人を霊力ある無い関わらず通せなくする結界。 逆に白式結界は外からは中にいる怪異、人が見えなくなり、ただの風景だけが認識でき、怪異だけが通ることができない結界だ。 「そんなことはどうでも良くて、さっさと行くぞ」 柴間はそう言うと、神社の敷地内へと一歩足を踏み入れた。その瞬間、空気がガラリと変わった。 真夏の蒸し暑さとは打って変わって、神社内はひんやりと冷たい空気が充満していた。 「呪縛霊だと少し、甘く見すぎてたな。蓋を開けたら、あらびっくり。呪縛霊じゃなくて、怨念がぎっしり詰まった呪縛霊だったか」 棒読みでそう言いながら柴間は神社の敷地内の中心に立った。 「そのようですね」 横に経つ田路へと柴間は目線を向ける。 (田路は戦闘タイプではなく、サポートタイプだ。実質俺と俺の出せる最大式神三体、四体一……それでもいい勝負だ。切り札を出さないと) 「柴間さん、僕も……」 微かに震える体を抑えながら田路は柴間に決心の言葉を言おうとしていた。 「大丈夫だ、俺には最凶の式神がいる。けどあいにく酒を持ってきてなくてな、買わせに行かせないとな」 そう言って柴間はメッセージアプリで新井に安酒を買ってこいというメッセージを送った。 「さてと、小回りが聞くあのお方をお呼びするか」 柴間はコートの内ポケットに入れて置いた古びた手帳を出し、ある呪文が書かれた和紙を取り出した。 「汝よ我を守り、邪を撃て! 十二神将が一人、青龍(せいりゅう)」 その名を呼ぶと海よりも透き通った青色の龍が静かに柴間の前に現れた。
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