貮ノ書

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柴間は思考回路をフル回転させながら、目の前の怪異を見た。 怪異は笑っていた。 長い髪の隙間から怪異の不気味な笑みが少し見えた。 こんな不利な状況下でも笑っている怪異が彼には理解できなかった。 むしろ、不利なのはこちらなのか。と疑ってしまうほど怪異は笑っていた。 怯える田路に目線を移し、柴間は決心を決める。 「田路、お前は離れてろ」 同時に柴間は右手で刀を表現し、縛四方で縛られている怪異に近づく。 「本気、みたいね新」 実際のところ強制祓いに対して彼はそう悪くは思ってない。むしろその方がリスクも少なく、早く終わるから便利だとすら彼自身、思っている。 だが、怪異は元を辿れば人間。怪異になってしまう人間の大半は無惨な死を経験した人だ。 それを考えた彼は、怪異としての最後は苦しまず、楽に逝かせてやりたいと思い始めたのだ。 それが彼の陰陽道だ。 (けれどそれを最後まで貫くことは出来ない。俺自身が死ぬのは構わないだが、周りの人間は巻き込みたくない) だから彼は決心を決めた。 「やるんだな新」 青龍と白澪は柴間の指示で田路を守っていた。 「炎火斬刀(えんかざんとう)」 柴間はそう言いながら怪異の首を切り落とした。 「あ、あなたも……助けて、くれないの?」 怪異の首の切り口から炎が現れ、身体へと燃え移っていく。 悲しげに怪異は柴間を見て言う。 やせ細った顔、めいいっぱい見開かれた目。 柴間はそれだけでもこの怪異がどんな人生を歩んできたのか想像ができてしまった。 「すまない。お前を救えなかった」 最後だけでも。そう思い柴間は燃えていく怪異を抱き寄せようとした瞬間、怪異の身体から別の何かが飛び出してきた。 「新! 離れろ!!」 遅かった。気づいた時には柴間は別のナニカに腹を串刺しにされていた。 「うっ……」 「惜しかったね若い陰陽師」 「お前は……」 今更気づいても意味がなかった。 それは、彼が一番初めに気づいた、邪悪で強大な霊力の持ち主だった。 あの女の怪異はただの隠れる為のもの。確かに女の怪異も強力だったが、大半の霊力は目の前に現れたこいつのものだ。 腹から血を出しながら地面に落ちていく柴間は、そんなことを考えていた。 「柴間さん!!」 遠のく意識の中、田路の声が聞こえた。 「お前が気を失えばわしらも消える。田路とやら強力な結界を張れ」 「は、はい」 結界の呪文(じゅぶん)を唱える田路を横目に柴間は、白澪の背中で息を荒らげながら、傷をおさえていた。 「田路君の霊力じゃ、あの怪異の攻撃を防げないですよ青龍様」 「わかってる。けど、手がない」 「ある……こういう時の切り札だ」 柴間の持っていた青龍と白澪の呪符にうっすらと切込みが入っていく。 「よせ、あいつを呼び出すのは」 そう言う青龍を無視するように、俺の前にあの怪異では無い誰か来た。 「全く人間は脆いな」 それは酒を片手に柴間の目の前に立っていた。 「誰だ」 いきなり現れた謎のものに怪異は、戸惑いを隠せていなかった。 「おいおい、陰陽師はとうとう神サマも祓う対象にしたのか?」 「お前は誰だ」 「いや、神サマじゃないか」 そいつの額には立派な鋭い角が生えていた。 日本人なら、そいつらを一度は聞いた事のあるものだった。 だ。 「人間を守っていたのに人間に忘れられ、失望し、邪に堕ちた神サマだったな」 腹立たしい笑みを浮かべ、挑発するように鬼は言う。 「神族は怪異を嫌うと言うが、まさか神族であるあんたが怪異に堕ちるとはな」 「貴様は誰だ……」 鬼は腰にかけた酒をガブガブと飲み干し、不気味な笑みを浮かべ言う。 「(おれ)か。聞いたことあるだろ? 大江山(おおえやま)、鬼族の王……鬼王酒呑童子だ」
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