貮ノ書

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柴間達が怪異と死闘を繰り広げている中、新井は真夏の炎天下の中をひたすら走っていた。 目的地は怪異に取り憑かれてしまった友人、菅谷正和(すがやまさかず)の家だった。 菅谷の家に着いたのか新井は真新しい家の前で足を止め、乱れる呼吸を整えた。 「熱ぃな……航大はまだか」 額から滝のように垂れてくる汗を拭いながら、新井はスマートフォンのメッセージを確認して言った。 何を感じたのか急に新井は来た道を振り返った。 しかし、やはりそこには何もいなかった。ただ、住宅街にポツリと電柱が寂しげに立っているだけだった。 「たかが怪異に怯えすぎだ健二。早く航大来いよ」 新井は自分にそう言い聞かせ、震える足を無視し、櫻井航大(さくらいこうだい)の到着を待った。 「柴間さん達大丈夫かな」 柴間から貰った呪文の書かれた人形を新井は、ジーパンの後ろポケットから取りだし、心配そうな顔で眺めていた。 「見殺しに…………しないで」 突如新井の耳元で、肝試しの日に聞こえた女の声がした。 一度振り向くのを新井は躊躇するが、勇気を振り絞り、ゆっくりと後ろを振り向いた。 けれどやはりそこには誰もいなかった。 「考えすぎ……か」 ほっと安堵の表情を浮かべ、前へ向き直ると、目の前にはあの赤いワンピースの女性が電柱の影に立っていた。 「え! ……嘘だろ!」 腰が抜けたように後退りしながら、新井は貰った人形の和紙を赤いワンピースの女性に向かってかざした。 けれど何も起こらなかった。 「はぁ!? 使えないじゃんか!! ただのゴミかよ……」 和紙を放り投げようとした瞬間、一枚の和紙が柴間の姿へと変わった。 「悪かったなで」 「柴間さん……いつの間にって、それどころじゃ」 「大丈夫だ。あれは怪異の残り香……きっとお前についてたやつが菅谷に憑いた怪異の霊力に触れ、具現化したんだろ」 それがなんの驚異もないと知ると新井は、膝から崩れ落ち、尻もちを着いた。 「安心するのが早い。それほど菅谷に憑いている霊力が強力だってことだ」 「それってやばくないですか」 「まあ、刺激しなければ大丈夫だ」 半分透けている柴間を不思議に思いながらも、新井は会話を続けていた。 「半分透けて不思議だって顔だな。当然だ。俺は柴間新の霊力のほんの一部、本来なら一般人には見えないものだからな」 思考を読み取られたと言いたげな顔をしながら新井は柴間を見た。 確かに何度見ても、新井の目には透けた柴間しか写っていなかった。 「こうやって会話をしていても霊力は本体の三分の一もない。もって三回だ怪異の呪力を防げるのは」 「霊力と呪力の違いって……」 「後で教える。そうこうしてるうちに来たぞあの車だろ」 柴間の目線の先には、一台の軽自動車が止まっていた。 その車の運転席から、新井の待っていた櫻井が顔を出し、手を振っていた。 「健二。悪ぃ遅くなった」 「いや、俺は大丈夫。それより紹介するよ」 新井は、隣に立つ柴間を櫻井へと紹介しようとした時、櫻井の次の発言に目を見開き驚いた。 「紹介ってお前……俺らの他に誰がいるんだ?健二、お前の隣。誰もいないぞ」 その発言に新井の思考は約二秒ほど停止した。 「えぇ!! 見えないの?」 大きな声で驚く新井を横目に柴間は、ガシガシと髪をかきながら呆れたように話す。 「言ったろ俺は柴間本体のほんの一部の霊力だって。一般人には見えないんだ今の俺は」 「一般人には……俺、一般人じゃないってことですか?」 「知らん」 櫻井は自分が見えない何かと話す新井を、何も言えないと言いたげな顔で眺めていた。
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