貮ノ書

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新井がインターホンを鳴らすと同時に、家の玄関から菅谷が飛び出してきた。 「正和……」 手足、体全てが痩せ細っていた。 変わり果てた彼の姿に新井と櫻井はただ、インターホンの前に立っていた。 「正和……だよな」 怪異に取り憑かれた菅谷は、恐る恐る近づく櫻井をその、か細い腕で投げ飛ばした。 どこにそんな力があるのかと思うほど強く。 「うっ……いってぇ……」 何がどうなっているのか分からないのか、新井はその場から動けずにいた。 次はお前だ。そう言わんばかりの目線を新井に向け、菅谷はゆっくりと新井に近づいた。 「正和……俺だよ。健二だよ……」 そんな言葉に耳を傾ける訳もなく、菅谷は唸り声をあげ、新井に殴りかかった。 けれど、その攻撃は新井には届くことは無かった。 間一髪で霊体の柴間が新井を助けた。 「やはり、タダじゃ祓わせてくれないか」 いつになく真面目な顔つきで柴間は新井と櫻井をその場から遠ざけた。 「柴間さん」 「やっぱり誰かいんのか? って正和どうしちゃったんだよ」 状況を把握できていない櫻井は慌てふためいていた。 「悪くない……私は!!」 「いや、悪い。罪もない子供に取り憑いて、生命エネルギーを吸い取ってるんだから」 柴間は、本体から託されていた呪符をポケットから取り出すと、菅谷に向かって呪符を投げた。 呪符は取り憑いた怪異の呪力に負けることなく、菅谷の額についた。 「こんな呪符! 引き裂いて……やる!!」 怪異は必死に、額についた呪符を引き離そうとするが、破ることもできずにいた。 そんな怪異を見て柴間は、前のように気を抜くことなく印を結んだ。 「一体……正和は誰と闘ってんだ?」 「凄い陰陽師だよ……。ひとまず車に乗って神社に行く準備でもしよう」 柴間は印を結び終わると、怪異の目の前に一瞬で移動し、刀に見立てた人差し指と中指の二本を菅谷の額に軽く押し付けた。 そして静かな声で呪文を柴間は唱えた。 「汝に命ずる……器から去り、本霊へと戻れ。急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」 そう唱えれば怪異は悲鳴をあげ、呪符の中へと吸い込まれていった。 柴間は、意識のない菅谷を抱きかかえ、エンジンのかかっている櫻井の車に乗り込んだ。 「正和!!」 「良かった、ただ気を失ってるだけだ」 「って! あんた誰!?」 櫻井はミラーに写った柴間を見て声を上げた。 「怪異探偵柴間の霊体だ」 「幽霊!?」 「ざっくり言うとな。それより神社に急げ」 パニック状態の櫻井は車を発進させる事が出来なかった。 なぜなら、後ろを振り向いてもそこには誰もおらず、鏡越しでなければ見えも、会話もできないと知ってしまったからだった。 そんな櫻井に柴間はめんどくさい。と言わんばかりの大きなため息をついた。 「ちゃんと生きてる人だ。けど今は分身みたいな感じで俺らを守ってくれてる」 「守ってる? 祟られてるの間違えじゃねぇの?」 「俺が依頼した探偵はこの人なんだよ。航大」 やっと落ち着いたのか、車は排気ガスを吐き出しながら動き出した。 動き出すと同時に霊体の柴間の体が徐々に薄れていった。 「柴間さん?」 「本体が危ないな。櫻井って言ったか? 急いで神社に迎え」 「えぇ?」 戸惑いながらも櫻井はアクセルを踏み、車のスピードを上げた。
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