貮ノ書

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目の前に立つ怪異は、酒呑童子をじっと見つめると頭の中を整理するように復唱していく。 「鬼王酒呑童子…………あの(けが)らわしい鬼の一族の王だと」 酒呑童子。その名を聞くなり、目の前の怪異は勃然(ぼつぜん)とし始めた。 神と呼ぼれた怪異の怒りからなのか、神社全体が地響きを鳴らし、突風が吹き荒れた。 「な、なんですかこの風は」 「神の御業……あいつの言った通りあの怪異は元は神様だ。けれど人から忘れられ、もう消えるという時に消えたくないという思いと人間の負の感情が交わり、怪異になった……」 柴間はぼんやりと開いた目で怪異を見つめながら、田路に向かって話した。 「穢らわしいね……けど、神サマ……今はあんたも同じ怪異だ」 酒呑童子はゲラゲラと笑いながら、怪異になった神を嘲笑った。 そんな酒呑童子の様子に青龍と白澪は呆れた表情を浮かべでいた。 「本当に下品な怪異(ひと)。酒飲むのと新と戦闘にしか興味のないただのバカが」 「なんだ犬風情が、お前らがもっと強ければ、こんな事にならずに済んだんだぞ」 図星だったのか、白澪は低い唸り声を酒呑童子に向けていた。 酒呑童子と他の式神達の相性は最悪だ。 能力的に見れば強いが、自己中心的な性格と嫌味たらしい言い方のせいでいつもこうなってしまう。 けれどそこが酒呑童子のいい所でもある。 「神の慈悲を受け、恩を仇で返した鬼族が神を語るな」 喉を鳴らしながら酒を飲み、上機嫌になった酒呑童子は怪異に向かって、掌ぐらいの火の玉を投げた。 「そんな穢らわしい一族を作ったのは、あんたら神の四大神の一人じゃねぇか」 「黙れ! 鬼族の王!!」 火の玉と共に怪異の出した突風が酒呑童子を襲った。 少しは本気になったのだろうか、酒呑童子は先程の余裕そうな、にやけ顔とはうって変わり、無表情で怪異を睨みつけていた。 「おい、こいつがなんの神か分かったか?」 地面に寝そべり、止血を試みる俺に向かってそう、酒呑童子は言葉を投げる。 「風を使うってことは、もしかしたら志那都比古神(シナツヒコノカミ)眷属(けんぞく)だ」 「志那都比古神……たしか伊契冉尊(イザナミ)伊邪那岐(イザナギ)の息子でしたよね」 「……ああ」 柴間のその仮説を聞くなり、酒呑童子はニィと不敵な笑みを浮かべ、宙に浮き、自分の思念霊呪(しねんれいじゅ)で腕を二本作りだした。 その姿は確かに鬼王酒呑童子だった。 「器用な事だ。けれど風は火を倍にして返す、相性が悪かったな鬼王酒呑童子」 「相性が悪かったァ? 何を見てそう思ったんだよお前は」 明らかに見れば酒呑童子の思念霊呪は火行(ひぎょう)風行(ふうぎょう)の怪異にとってはなんの脅威もない相性だ。 けれどそんな不利な相性に酒呑童子は動じることなく、むしろ有利だと言いたげな顔をしていた。 「雷天火双(らいてんひそう)」 酒呑童子が手を空にかざすと、一瞬にし神社の上空にだけ雨雲がかかり、空から火を帯びた稲妻が怪異を襲った。 その光景に柴間達は目を見開き、驚いた。 思念霊呪は生まれた時から、その者の持つ呪力の属行。 怪異も人も使える属行は一つのみ、二属行を使えるのは歴史上いなかった。 修行でどうこうなる問題でもない。むしろ先天的なものなら尚更ありえない話だ。 だが、目の前の酒呑童子は火行と雷行を使いこなしている。その事実は確かだった。 柴間は驚きのあまり、声が出なかった。 「なぜ、貴様! あの四大神ですら成し遂げられなかった領域になぜ貴様が入っている!!」 酒呑童子はその言葉を聞くなり、また不敵な笑みを浮かべ、言った。 「それは我ら鬼族が神をも凌ぐ力を持つからだ」 「黙れぇ!! 風魔斬首(ふうまざんしゅ)」 先程よりも強い風が神社全域に吹き荒れ、じっとしていた俺の頬や腕、足を切りつけていた。 「白澪、氷冷結界をしろ」 「人は、冷気で一分もいれないですよ青龍様」 「お前の毛皮があるだろ」 それを聞いた瞬間、白澪は氷冷結界を俺らの周りに張った。 結果内は、まるで冷房がついてるかのように涼しく、むしろ寒く感じた。 「これで新や田路は無事だ」 「それよりも青龍様、知ってたんですか? あのバカが二属行使いだと」 「わしも初めて知った。やはり……やつは新と同じ、特別というわけか」
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