貮ノ書

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呼吸を整え、柴間は真面目な顔で呪文を唱え始める。 「四天、恐陰神(きょういんしん)の加護の元、我陰陽師は悪鬼、邪神、怪異から人を鎮護(ちんご)しする。二陰陽迴門(にいんようかいもん)、全知全能の名の元に我、邪神を清め、鎮めるものなり」 柴間の背後に、平安時代の貴族の身なりをした、神のようなものが浮かび上がってくる。 それを見るなり目の前の怪異は、我が目を疑うかのような表情で、背後の浮かび上がったものを見ていた。 「なぜ貴様が四大神の一人、恐陰神様の加護を受けている……ありえない!」 「陰陽師の生みの親、恐の感情を司る神、恐陰の加護は陰陽道を教えこまれた人ならば誰でも受けるものだ」 「お前のそれは普通の加護を超えている……貴様まさか、あの陰陽師最強と謳われた男……安倍晴明(あべのせいめい)の……」 それから先を言い終わる前に、怪異の真横に門のようなものが、どこからとも無く現れた。 ただ黒と白の聳え立つ門を鬼のような形相で怪異は睨み、そこに立っていた。 怪異自身、この門の前では何も出来ないとわかっているようだった。 二陰陽迴門。それは邪悪なる力、陰を封じ込め、聖なる力、陽を対象者へ付与する。 元々安倍晴明が考えた祓いとは違い、強くなった陰を鎮め、清めるたりするものだ。 陰と陽を混ぜ合わせ、対象者に足りないもの、多すぎてしまった方を奪い、与える呪術。 後にも先にも安倍晴明だけが使いこなせると言われていた強力な呪術。 「十二神将を使役している時点で安倍晴明に(ゆかり)のあるものだとは思っていたが、まさか二陰陽迴門までも使えるとは……お前は何者だ」 「生まれ変わりとでも言っておこうか?」 「人間如きが……」 柴間は静かに掌を合わせ、開門。とだけ呟く。 呟くと同時に、怪異の体から黒いオーラのようなものが二陰陽迴門の迴陰門の方へ吸い込まれた。 吸い終わると次は、二陰陽迴門の迴陽門の方から白いオーラが出てきて、怪異の体に吸い込まれる。 閉門。と唱えれば、二陰陽迴門は何事も無かったかのように、塵になり消えた。 「ハァ……ハァ……」 この呪術には膨大な呪力を消費する。これを使ってしまえば式神なんて一体も出せなくなってしまう。 だからこその強力さだ。 柴間はゼェゼェと肩を揺らし息をした。 「二陰陽迴門ねェ……人間が踏み入れては行けない領域だな」 「安倍晴明は人間だ」 「いいや、人間の皮を被った神サマかもな……あんな陰陽師は後にも先にもあいつだけだ」 酒呑童子はどこか寂しげにそう言った。 「陰陽師の子よ……そなたが(われ)に眠っていた邪を鎮めたのか」 声のする方へ目線を移せば、そこには先程まで戦っていた怪異の姿があった。 けれど、先程とは雰囲気も姿も違っていた。 「あなたがこの神社に祀られていた志那都比古神の眷属神、風魔神様ですか」 「いかにも我がこの地を何千、何万と護っていた魔を宿す風魔神だ。陰陽師の子よ、本当にありがとう」 青緑の羽衣を身につけ、白と水色の法被を怪異は羽織っていた。 見た目から風を司っている神だと言うのが分かる。 「…………陰陽師の子よ、世話をかけたな。けれどもう大丈夫だ」 「どうするつもりですか? これから先」 「眠るとする。社もボロボロになってしまったしな……何十年経つかは分からないが、きっといつかこの町を守れる日が来ると信じてな」 そんな話を酒呑童子は、つまんなそうに酒を飲み、聞いていた。 「酒呑童子よ。いい主を持ったな」 そう言い残し、風魔神は社へと消えていった。 「いい主か…………主じゃなく相棒だ」 それが酒呑童子の本音だと柴間はすぐにわかった。 意思を共有しているからではなく、出会った時から酒呑童子は、そう言っていたから。
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