貮ノ書

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飯沼は渋々なのか、桜の葉に包まれた団子を食べた。 口に入れた瞬間、苦い物を食べたような顔をし、飯沼は舌を出していた。 「に、苦い……」 食べた途端、飯沼の霊力が補充されたようで、先程まで見えていたかった櫻井と菅谷が柴間の目の前にいる飯沼に気づいた。 三日ぶりの彼に、二人は涙を浮かべながらこちらに向かってきた。便乗するように新井も今見えたかのようにこちらに来る。 「孝介!! ごめんな、置いてったりしてよ」 「良かった、もう会えないかもって……」 「ほんとに良かった……」 一瞬戸惑うような顔をする飯沼だが、三人の顔を見たからなのか、幸せそうな顔をしていた。 「心配かけてごめんね」 柴間は傷口からまた血が出てきた事を確認し、酒呑童子と田路を連れて、踏切前に停めておいた車へと向かう。 それに気づいた新井は心配そうな顔で柴間に声をかけた。 「柴間さん……本当に俺らのせいで、ごめんなさい!」 深々と下げられた頭。 柴間は立ち止まり、そんな姿の新井に目線を移す。 柴間は寝癖と少し土埃のついた髪をガシガシとかきながら、新井に聞こえるぐらいの溜息をついた。 「勘違いするな。俺は元陰陽師で現役怪異探偵だ。怪異事件で困ってる人を助けるのが仕事だ」 「それでも依頼したのは俺です」 「依頼を全うするのが俺の仕事だ。この傷はお前のせいじゃねぇ……俺の力が足りなかったからだ」 そう言い残し柴間はその場を後にした。 車に乗り込むと、何故か酒呑童子が後部座席に予備の酒を片手に座っていた。 「えっと……柴間さん、なんで酒呑童子をこのままに……」 「こいつは俺の呪力で召喚してないから、強制的に帰還させることが出来ないんだ」 「なんだ人間、迷惑か?」 あんだけ酒を飲んでおきながら酒呑童子は、一切酔っているような素振りを見せない。 酒呑童子のそんな言葉に田路は、ひっ。と身を仰け反らせながら車のエンジンをつけた。 「ところで新……あの小僧はちゃんと霊力コントロールを教えた方がいいぞ」 ゴクリと酒壺の中の酒を飲みながら酒呑童子は言った。 あの小僧が新井の事を指しているという事は意思共有で柴間には筒抜けだった。 確かに新井は他とは違う雰囲気を放っていた。柴間の式神も見えて、はっきりと飯沼の姿も確認していた。 新井は先天的な大きい霊力の持ち主なのではないかと柴間は疑う。 (放っておけば、きっと田路と同じ事になる) そんな思いながら柴間は傷口に黒いハンカチを押し当て、止血を試みていた。 「まずは病院ですかね」 「ああ。いや、スーパーに寄れ」 「え? スーパーですか? ガーゼとか買うんですか?」 「いや、酒だ」 後ろから感じる目線を受けながら、柴間は近くのスーパーの経路をナビに入力した。 「陰陽師の子よ、姿形は安倍晴明に似てはないが、魂の形は瓜二つだ……望まぬ未来だろうがこの世界に絶望しないことを願うよ陰陽師の子よ。最後に気をつけろ、邪は確実にそなたの懐に入っている」 そよ風が吹く中、一瞬鳥居の上に風魔神が座っているのが見えた気がした。
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