參の書

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嫌だという柴間の発言にトラブルメーカー新井は、大きな声で、何故!? と声を上げた。 「何故ってお前……ここは怪異探偵事務所だ。怪異事件を専門とした探偵事務所なんだぞ」 「けど、消えたんですよ? 突然……神隠しとか」 「あのなぁ、そんなぴょんぴょん神隠しされてたら、日本の人口どんくらい減ると思ってんだ」 ズズとコーヒーを啜ると柴間は、コトンと音を立ててカップを机に置いた。 新井はしょんぼりとした表情でスマホの画面に写った猫の写真を眺めていた。 それが可哀想だったのか、田路が話を聞くだけ聞きましょ。と言い出したのだ。 「まあ、医者からは安静だと言われたからな。で? 一昨日のいつにいなくなったんだ?」 柴間が詳細を聞くと、新井は顔をパァーっと明るくし、詳細を話し始めた。 「じいちゃんが言うには、一昨日の朝の……今人気の天気お姉さんの……」 「春野美希(はるのみき)ちゃん! 今一番人気で朝一のテレビに彼女は欠かせない! とまで言われた美人アナウンサーですよ!」 「あ……うん。で、時間は?」 「確か七時十五分頃ですね。春野さんのお天気予報は」 ビシっとキメ顔で田路は、猫を確認した時間を言い当てたのだ。 「いつの時代も、こういう類の人間は面白くて愉快だな」 「お前も酒になると変わらねぇよ」 酒。という単語に新井は何かを思い出したのか、酒呑童子に脅えることなく、自分の実家の事を教えた。 「俺の実家、ここら辺で有名な酒蔵屋なんですけど、依頼料は一万円と新井酒屋で一番の年代物、豪鬼でいいですか?」 「酒蔵屋だと……? それは誠か小僧!?」 「はい! 三十年ものが一番人気らしんですよ」 「年代物……分かってるじゃねぇか小僧。そうと決まれば新! 今すぐ探しに行くぞ」 ワクワクする酒呑童子を無理やりソファーに座らせ、続きの詳細を聞いた。 「あ、ご飯をあげようとしたのが七時半で、その頃にはもう姿がなかったらしいです」 「二十分弱か……近くの家には聞いたのか?」 「ええ、警察にもお願いしてチラシも貼ってもらってるんですけど」 柴間は顎を触りながら考え込んだ。 一体猫はどこに行ったのか。思考を巡らせながら彼は、ある式神の呪符を古びれた手帳から抜き取り、呪文を唱える。 「汝よ我を導き、忘れられた記憶を呼び覚ませ。絵雲士(かいうんじ)」 そう唱えると背後に、着物を着飾り、使い込まれた木の箱を背負っている男が立っていた。 怪異の男は、使い込まれた筆を手で回しながら柴間に問いかける。 「新殿、久しぶりですね。今日はどう言った御用で」 絵雲士は礼儀正しい、江戸の絵描きだ。 柴間が十三の時に、さまよっていた彼と式神契約をした怪異。 「記憶の中の黒白の猫を書いて欲しいんだ」 「わかりました。それでは、いつものをやりますね」 そう言うと絵雲士は柴間の中に入り込み、近くに置いてあったペンを取り、右手でペン回しをした。 「式神憑依術、記憶模写」 絵雲士に憑依された柴間は、左手で新井の頭を触り、新井の記憶にある探し猫の最近の姿を白紙の紙に描き始めた。 白紙がみるみるうちに、白と黒の猫の絵で埋め尽くされていく。 「な、なんすかこれ!? ……凄い」 「式神憑依術、自分に式神を憑依させ、その怪異の能力を一つだけ使うことが出来る、新専用の式神術の一つだ」 「柴間さん専用……」 「僕も初めて見ました」 ものの十五分でその絵は描きあがった。 それは模写というよりも写真のような出来だった。 「ふぅ……絵雲士、ありがとうな」 「いえ、久々に猫の絵を描けたので満足です」 そういうと彼はスゥと消えていった。
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