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田路と新井は冷房で冷えた車内で、たわいもない会話をしながら柴間を待っていた。
「気になったんですけど、田路さんも柴間さんと同じ陰陽師の家系なんですか?」
「違うよ。陰陽師とは無縁の家だったよ」
冷え込み過ぎた車内の温度を調整するように、窓を開ける田路。
開かれた窓から暖かい空気と夏の風物詩、うるさいほどの蝉の声が聞こえてくる。
「普通の一般家庭だったけど母さんが昔から見える人だったんだ。その影響なのか僕も物心着く頃には見えてた」
「……」
段々と田路の表情が悲しげに変わっていく。
ただそれを新井は見ていることしか出来なかった。
「周りに行ったところで頭がおかしいって思われるだけだし、周りに言わなければいいと思ってた。去年までは」
「去年……?」
「僕の霊力が強すぎて怪異を呼びおせちゃったんだ。僕と母だけが気づける恐怖……なのに僕は見てることしか出来なかった。父、母、妹が殺されるところを」
今にも泣き出しそうな顔で田路は昔の、家族が死んだ日の事を新井に話した。
肝心な新井はその事実を聞き、驚愕していた。
田路の表情を見るのが辛くなったのか、新井は目線を自分の足へと移した。
「怪異はより強力な力を求める為に霊力の強い子を襲う傾向がある。僕は狙われたんだ……もう死ぬんだなって思った時にあの人は僕の前に現れた」
◇◇◇
考えなくてもこれから僕が死ぬということはわかっていた。
父のように切り裂かれ、母のように脳を潰され、奏乃のように……恐怖をじわじわと感じながら殺されるんだと。
いきなりの状況のせいで僕の足は言うことを聞いてくれなかった。
「つよい……づよ……い人間」
もう人間の姿をしていないそれは、家族の返り血を浴び、真っ赤に染っていた。
それが何を求めているのかが分からなかった。強い人間、確かにそう聞こえたが僕は強くない。むしろ弱い方だ。
「な、なんで……僕なんだよ…………毎回毎回、なんでお前らは平和を崩しに来るんだよ」
それは、小さい頃からの僕の本当の気持ちだった。
そんな罵声を浴びたところでそれは止まることなく、一歩ずつ僕へと近づいてくる。
一定の距離を保つため、僕は言うことを聞かない体を引きずりながら部屋の奥へと向かう。
「お兄ちゃん……強い……わだし、も強くなって…………死なないように」
「死なない? お前ら、幽霊はし、死なないだろ」
「死ぬ……祓われたら……」
背中に壁が当たったと同時に僕は、もう逃げることは出来ないと悟った。
できるなら、苦しまずに死にたい。死を覚悟したその時、目の前にいたそれは瞬く間に消えていた。
「死にたくないか……もう人間として終わってるのにそう足掻くなよ」
「…………!」
「生存者か。お前、見える人間か?」
寝癖のついた黒髪、整った顔に透き通るようなライトブルーの瞳。黒いコートを羽織った男が目の前に立っていた。
男の両脇には黒色と白色の大きな狼がいた。
「……! 狼っ!」
「見える類の小僧か……」
「結構なイケメンじゃない。それにしても悲しいわね、家族全員殺されて自分だけ残されるなんて」
二匹の狼はそれが当たり前かのように話していた。人間の言葉を。
僕は驚きのあまり、言葉が出なかった。
「白澪、やめろ。こやつの気持ちを考えてみろ」
「あら私は事実を言ったんだけど」
「はぁ……」
男の人は寝癖のついた髪をかき、大きなため息を吐き捨てながら口を開いた。
「俺は柴間新」
それが柴間さんと僕の出会いだった。
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