【ワンライ】ハロウィンの夜

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「構わないわ。門が開く、火を熾せ」 日はとうに落ち、夜が深度を増していく中で、アリスは薔薇色の唇を静かに動かした。 彼女の黒い手袋の指先が、背後の巨大な組木を差して指示を飛ばす。 もうすぐ一つの世界が終わる。 生き物に命があるように、世界にもまた命がある。 それは太陽によって生まれた季節が芽吹き、実り、凍え死ぬひと巡りの命だ。 「此度の太陽(季節)は死んだ。  再び冥府の門が開く。毎度のこと、数十分とて油断するな。  墓碑を己が名で埋めたくなければ」 背後で火の手が上がる。炎は暗闇のその場所を煌々と照らし出した。 そこは巨大な空間を持つ石室だった。柱の一つもなく、俯瞰すればキューブ状の空間であることが分かるだろう。 その一角で、辛うじて空間の全体を照らし出している篝火が熾されている。 後ろで束ねたアリスの金糸の尻尾が、細身の黒いスーツの背中を流れた。 黒いスーツに身を包んだ人間が十数人。老若男女、その識別が果たして意味を成すのか分からない程度に様々な人間が篝火を囲んでいた。 10月31日。一つの世界が終わる。 新たな世界が始まる数時間の間、の境界がぼやけ、の住人が線を超えてくる。 その理由も目的も分からない。 ただ一つ理解できることは、それらが我々に対して問答無用、慈悲の一つもなく害してくることだけだった。 『アリス』 不意に耳元で聞き慣れた声が響く。いや、それは外部からではなく、耳の奥からだ。 アリスは数回瞬きをした。その碧眼、左の眼球の表面でキュルと幾何学が起動する。彼女の網膜に、一人の栗毛の女性が映された。 『火は熾せたか』 「問題ない、博士」 『そうか』 博士と呼ばれた女性は安堵するように頷いた。 そして黒い双眸でアリスを見据える。 『もうすぐ太陽の影響下を抜ける。こちらが遮断プロトコルを構築するまで15分。  すまん、これが限界だった。15分、持ちこたえてくれ』 「前回より30分も短縮されている。素晴らしい成果だよ」 『君はそう言ってくれるが…  皮肉なものだ、太陽の影響下を抜けなければ、太陽自身の力で我々のプロトコルが構築できない』 暗く凍えた死の季節を太陽の加護なしではに蹂躙され尽くしてしまう。 人々は身を守るための手段を構築できたものの、それは太陽の加護から抜けてからでないと太陽自身に吹き飛ばされてしまうのだった。 「太陽は我々の神ではない」 『滅多なことを言うもんじゃない、アリス。私も君に同意するが…… 誰も聞いてないだろうな』 「君はそう言ってくれる」 小さくアリスは微笑み返した。博士は苦笑しかけ、不意にざらついた映像に気づく。 真剣な眼差しを彼女(アリス)に向けた。 『頼むよ、門番アリス・ノースライト』 「ああ」 短くアリスが頷いた直後、篝火が大きく爆ぜ、空間を照らしていた明かりが大きく揺れた。 光の手の届かぬ闇のうねり、そこに、小さく白い手が垂れ下がっているのをアリスは見た。 どこかから傾いたカーニバルの曲がかすかに聞こえている。 「門が開くぞ」 鋭くアリスが周囲へ声を上げる。と、同時、傍らの男性要員の首が飛ぶ。赤い紙吹雪を撒き散らして吹き飛んだその向こう、発狂した悲鳴がキューブ状の空間に轟いた。 誰かの言葉を思い出す。我々は冥府からの侵入者への門番であり、同胞の盾であり、──── 。 「戯言だ」 アリスは反転・転写プロトコルを起動、彼女の眼前に映る事象すべてを否定する。 暗闇に浮かぶ白い手がゆっくりとその根本を見せ始め─── 疑似太陽が生まれるまでの15分間の蹂躙が始まる。
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