佐希子1

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佐希子1

「あのぉ。これ、落とし物みたいなんですが……」  黒いマスクの女がそう声を掛けてきたのは、昼の休憩を終え一時間程が経過した頃の事。必死で欠伸を噛み殺していた佐希子は慌てて背筋を伸ばして応対した。 「はい。落とし物でございますね」  女から受け取ったのは、黒い革の二つ折りの財布だった。男物だろう。一見したところ有名ブランドのものなどではないようで、随分と年期が入っている。  革の表面には無数の傷。縁や折れ目には亀裂が入っている箇所もあり、中のカードやレシートの類いが、それを押し広げるように詰められている事が、外から見てもよく分かる。持ち主は冴えない中年男性だろう、と佐希子と勝手な印象を抱いた。  とあるデパートの一角。佐希子の働くブティックは比較的高価な婦人服を扱っている。この店の客の落とし物ではないだろうと見込んだ彼女は、わざわざウチの店に届けなくともと内心悪態をつきながらもそれを受け取った。  マスクの女の姿が見えなくなると、佐希子はレジカウンターの内側で、財布を開いた。人の金に手をつける程金銭に困窮しているわけでもないし、人を貶める事を嗜みとしているわけでもない。単なる好奇心に突き動かされた結果の行動で、彼女自身も、罪の意識はまるで感じていない。
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