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今でこそ鳴りを潜めているものの、元々夫は気の多い質の人間である。
もし自分に好意を持った元交際相手が目の前に現れれば、タガが外れてしまってもおかしくはない。
そこで夫が不貞が働き、発覚しようものなら、自分が夫と離婚するための正当な理由が出来る。更に言えば精神的苦痛を訴え、慰謝料を得る事も難くない。
そこで美紀は、画策した。夫とその元交際相手が、偶然の再会を果たす切っ掛けを考えた。
夫の持つ、黒い革の財布である。
使われたらまずいキャッシュカードの類いは抜き取き、僅かな金銭の入れた財布を、落とし物としてデパートで働くその女性へ届ける。
中には免許証が入れたままになっているため、彼女はその持ち主、住所を知る事になるだろう。
元交際相手は、夫の事も今も想っているそうだから、それを利用して夫に会おうとするに違いない。
例え上手くいかなくとも、財布には失って困るものは入れていないため、その時はその時である……と、ダメ元、退屈な日常を紛らわすちょっとした遊びのよう感覚でそれを行ったのだが、財布を受け取った後、カウンターの裏でその中身を見た女性の過敏な反応を、美紀は覗き見た。
その数日後に、夫のこの変化である。
手の込んだ料理は、自身の機嫌の表れだった。
焼き加減も味付けも大満足なハンバーグに舌鼓を打ちつつ、美紀は優越感に満ちた眼差しで、夫を見つめる。
しかしその直後、彼女は驚き、顔を真っ青に染めた。
夫の肩の向こうの窓。そのカーテンの隙間から、こちらを見つめる女と、視線がぶつかったのだった。
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