佐希子2

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佐希子2

 恋愛の熱というものは、特別な切っ掛けでもない限り簡単に冷める事はない。相手に触れる事も、会うこともなく、ただ一人でその想いを抱えているとなれば尚更である。  佐希子にとって、彼は再び出会ってはならない相手だった。気力も体力も使い果たし、癒えない傷を負ったあの恋愛。しかしその痛みが、その危うさが、今は却って彼女の熱を強くする事になっている。会ってはいけない。忘れなければいけない。そんな風に考える事は、相手を思うのと同義なのである。  勿論、佐希子自身、この三十年、人並みに恋愛を経験してきたわけで、この罠に気付けぬほどウブではない。しかしそうした理屈で丸め込めるほど恋愛が容易いものであるのなら、世の中に多くのラブソングが生まれる事はなかっただろう。あの財布を手にした日から、彼への想いは日増しになっていった。  財布が見つかったのが、自分の働くデパートであった事から、仕事中やその最寄り駅や付近の街中を歩く際、彼の姿を求めて視線を走らせるようになった。  財布の中の運転免許証に書かれた新しい住所は、彼女の家から二駅程しか離れていない場所である。あの頃から、三度暮らす街を変え、あの頃の街とは、そう近いとは言えないこの街での邂逅に、乙女めいた気持ちも浮かんできている。
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