佐希子2

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 物事にそれほど強い情熱を抱く事のない佐希子であったが、こと恋愛に関してだけは違っていた。己の生活に支障をきたす程に、のめり込む。  彼女にとっての不幸は、やはり財布に彼の免許証が入っていた事だろう。どれだけ抗おうが、その小さな写真の顔が持つ引力に視線を奪われてしまう。電車に乗れば一時間もかからずたどり着くところにある、住所を知ってしまっている。徐々に自分を抑する事が出来なくなって、とうとう朝や夜、彼の家の最寄り駅で、待ち伏せまがいの事をするようになった。  無論、会社などへは車で通っている場合もあるだろうし、彼がその駅を利用するとは限らない。それでも直接家の前まで行かなかったのは、佐希子にまだ、自分を客観視するだけのゆとりがあったからだろう。  しかし、その何度目かの朝、佐希子は彼を見つけてしまった。  彼の顔を見た途端、佐希子は自分の体を内側から押し広げ破裂させてしまうほどの、強い強い熱を感じた。  駅のホームへ飲み込まれていく人波に隠れながら、彼女は彼をじっくりと観察した。あの頃と変わったところ。変わらぬところ。左手の薬指、そこに光る指輪までしっかりと。
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