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佐希子3
佐希子は卓上ライトに照らされた免許証の写真を見つめたまま悩んでいた。どう声を掛けるべきか。
暗い部屋の中。フローリングの床には、ゴミの詰まったコンビニの袋が幾つも転がり、窓が締め切られているため、不快な匂いが漂う。
平時ならばこんな事はあり得ない。掃除は毎日欠かさずやる程だし、料理も作る。
強すぎる愛情が、日常を壊し始めていた。
再び自分の働くデパートを現れてくれれば、と佐希子は思う。
それならこちらから声を掛けても不審ではない。
しかし彼はあれ以降、デパートを訪れていない。それどころか彼の生活圏の中に、あそこが含まれていないらしい事が、ここ数日の尾行により分かっていた。待ち続けていてもチャンスは巡ってこないだろう。
だが、他の場所で声を掛けるとなると、何か切っ掛けがほしい。
愛情の深さに反して奥手な彼女である。おまけに理性は再び彼との繋がりを持つ事へ未だ否定的であり、偶然を装って声を掛けるにしても、その切っ掛け、免罪符的なものを必要としていた。
そこでふと、彼女は手元にあった黒い革の財布に目を向ける。
自分がこれを拾った事にすれば、彼に声を掛ける切っ掛けになるのではないだろうか。
既に彼がよく訪れる場所、利用する施設はリサーチ済みである。
そのいずれかの場所なら、彼が財布を落としていても不思議ではないし、それを拾った私を好意的に思ってくれるのではないだろうか?
佐希子は頭の中で、綿密に計画を組み立てていく。
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