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「あっ、朝宮さん!」
愁次は思わず、朝宮に声をかけてしまった。
声をかけた瞬間、彼はハッと我に返る。
何で電話をしているのに呼び止めてしまったんだ。
相手は仕事中なのに、声をかけるなんて社会人として駄目じゃないか。
自分を頭の中で罵っていると、彼女は愁次に気づいたのかこちらにゆっくり振り向いた。
「すみません、少々お待ちください。」
朝宮は、電話の相手に告げると愁次の所へ駆け足でやって来る。
「ごめんなさい、若郷さん!お待たせして…。」
「こ、こちらこそすみません。電話の最中でしたよね…?」
「いえ、それは全然大丈夫です!」
彼女は笑顔で手を横に振る。
これが課長だったら絶対怒鳴られていると、愁次は密かに考えていた。
しかし、朝宮を間近で見るのは初めてだ。
彼女の黒い瞳と白い肌、そして緩やかに弧を描いた桃色の唇に視線を動かせなかった。
「ところで、何か御用でしたか?」
朝宮の声に、愁次は我に返る。
「ああっ、そうそう!はい、これ。」
手に握っていたキーホルダーを、彼女に差し出した。
愁次の手のひらに乗っているキーホルダーを見た朝宮は、「あっ。」と声を上げる。
「それ、私の!」
「さっき、すれ違う時に落としたみたい。朝宮さんので合ってますよね?」
「はい!間違いはありません。ありがとうございます!」
朝宮は、嬉しそうに愁次からキーホルダーを受け取った。
「よかった~。これ、高校時代の親友から頂いたものなんです。」
「そうだったんですか。」
「はい!若郷さん、本当にありがとうございます!」
彼女の笑顔を見て、愁次もつられて微笑んだ。
無事に持ち主の所に戻ったキーホルダーを見て、ホッとする。
「じゃあ、俺はこれで。お互い、仕事頑張りましょう。」
「あっ、はい!」
仕事中の朝宮に気を使い、愁次はすぐにその場を離れた。
たまには落とし物を拾うのも悪くない。
そう思いながら、一階へ繋がるエレベーターへと向かった。
しかし、彼は気づいていない。
朝宮が、彼の背中を見つめたまま両手でキーホルダーを握りしめていたのだった。
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