愁次と朝宮さん

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翌日の午前10時。 朝宮は部長から資料を渡され、自分のデスクに戻ろうとしていた。 自分のデスクがある場所は、部屋の一番端。 社員達のデスクの間の通路をスタスタと早足で歩いていく。 すれ違う社員達に「おはようございます。」と挨拶を交わしていると、彼女はある人物に目を止めた。 「あっ…。」 思わず声に出てしまう。 そこには、黒い髪に控えめに寝ぐせが付けながら歩いている愁次だった。 彼は朝宮に気づいていないのか、こちらに歩いてくる。 朝宮は、目の前の愁次を見つめながらポケットからハンカチを取り出し、隠すようにギュッと握りしめた。 そして、普通を装い彼に向かって歩いていく。 愁次とすれ違うまで、あと2メートル。 朝宮は、ハンカチを握っている手を資料で上手く隠し手放す準備をしようとした。 その時だった。 「朝宮さん、ペン落ちてますよ?」 「えっ!?」 すれ違う寸前、愁次の言葉に朝宮は反射的に足元に視線を向けてしまった。 朝宮は、キョロキョロと落ちているはずのペンを探しに床を見回す。 だが、どこにも自分のペンは見当たらない。 「あ、あの…若郷さん?」 ペンの場所を訊ねようと、彼女は愁次の方に顔を上げる。 すると、朝宮の視界には小さく笑っている愁次の顔が映っていた。 「あっ、すみません。今のは嘘です。」 「えっ?」 彼の言葉に朝宮はポカンとした。 どういうことだ? 彼女の頭の中に疑問が浮かぶ。 「朝宮さんって、物を落とす時俺の顔を窺いながら歩いてますよね?だから、俺に集中し過ぎて周りが見えていないだろうと思って、少し試させてもらいました。」 「!!」 ニコリと笑う愁次の表情を見て、朝宮の乳白色の顔はだんだん赤くなった。 「ち、違うんです!これは!若郷さんのことをいじめようとしたわけじゃなくて…その…。」 最初は慌てて否定しようとしたが、口ごもってしまう。 さすがにこれ以上聞いたら可哀想だと思い、愁次は苦笑いを漏らしながら彼女を真っ直ぐ見る。 「朝宮さん、仕事が終わったら少し時間をもらえますか?」 「えっ?」 愁次の言葉に、朝宮はキョトンとした顔を浮かべた。
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