ひいらぎソーラービーム

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(とも)が話しかけなさい」 「……なんで俺が?」 「柊ちゃんは待っているのよ、あんたのことを」 「それはない」 「だって毎日(・・)公園のベンチに座っているなんておかしいじゃない」 「だからってなんで俺が話かけるんだ」 「……はあ。あんたラブコメの主人公にはなれないタイプね、絶対」  とある夜。  自室のベッドでさあ明日はどうやって暇を潰そうかという、いまの暇をあしたの暇を想像することで時間を潰していると和衣(あい)から着信があった。  実は俺が停学している理由は、和衣――神代(かみしろ)和衣の体操服を盗んだおっさんをぶん殴ったからなのだが、それがあってから普段居丈高な和衣もなにかと理由をくっつけては俺に電話やらメッセージを送ってくるようになった。こいつにしては珍しく、気を遣っているということなのだと思う。  今夜も例に倣ってその類の電話だったのだが、俺が何の気なしに毎日午後二時半に現れる(・・・・・・・・・・・)冬月のことを話すとなぜかこういう運びになったのだ。  そう、冬月はあれから毎日同じ時間のあのベンチにただ座っていた。 「冬月は俺を待ってなんてない。そもそも俺が話かける以前に、教室で男と話しているところなんて見たことがない」 「観察が足りないわね。柊ちゃんは女の子とも話さない――というか、人間とは絶対喋らないわよ? あたし以外は」  俺は人間じゃないと言いたいのか、こいつ。 「まあ冗談はおいといて。兎にも角にも、柊ちゃんは巴のことを待っているんだからね」 「根拠は?」 「女の勘」  世界一信用できん。 「っていうのも冗談よ。そうね。根拠は占い師の経験則――この目で収集したビックデータ、といったところかしらね」 「もはや科学だな」 「つべこべ言わず、あたしが言ってるんだからすぐ行動に移しなさい」  和衣は実際、天才占い師としてネット上で名声をほしいままにしている。本名や顔出しはしていないが、百発九十八中くらいの占いへの予約は長蛇の列を作り(ネット上なので比喩だ)、忙しい身らしい。なぜそんなに占い師として敏腕かというと、和衣は人の嘘を見抜く力があるからだ。本人曰く《究極の人間観察》なのだそうだが、俺にはチートにしか見えない。確かにネット上の占いなら顧客側だけ顔出し可能だろうから、表情とかは見ることが出来るのかもしれない。  故に和衣の銀行口座の残高は、いち高校生に似つかわしくない桁数が刻まれている。彼女が右耳につけている汚い鈍色のピアスも、実はダイアモンドの原石だ。なんで原石なのかは、凡人の俺には理解出来ない。  ちなみに和衣はクラスで大変愛想がよく、冬月と話すのもその人当たり故だろう。裏の顔は、こんな感じで我が儘だが。 「……柊ちゃんね、最近様子が変なのよ」 「いつも変な気がするけどな。ロボットみたいに無表情だし」 「予習復習は当たり前の柊ちゃんが授業中は上の空だし、四時間目が終わると帰っちゃうし。先生は『ああ、そうか』って感じでそれを許しているし。なんか、ね」 「事情があるんじゃないか」 「そんなのわかってるわよ」  和衣はそう暗いトーンで言って、 「その事情が問題なんじゃない。柊ちゃんの性格からして抱え込むタイプでしょ。担任はあんな感じだし、もしなにかあるならなんとかしてあげたいと思うじゃない」 「首を突っ込んでいいものかね」 「相変わらずくだらないこと言うわね。いい? 人が困っているのに介入しちゃいけないことなんてないのよ、ひとつの例外もね。人類の問題はイコールあたしの問題なの」 「……困っているとは限らないだろ」 「ううん、柊ちゃんは絶対に困ってる。あたしの人間観察に間違いはないわ」  そう言われると俺は弱い。過去に和衣の嘘を見抜く力に助けられたことは数知れないのだ。 「困っていたとして、なにに?」 「それを探るのが暇な巴の役目。あたしは学校あるし」 「学校でだって話せる」 「人目があると言えないこともきっとあるわ。人間関係で困っているとしたら、学校で目立つのもどうかと思うのよ。――あ、早退とかでもう十分目立っているってツッコミはなしで。それに、こういうのって、同性より異性の方が話しやすかったりするもんなのよね」 「そういうもんかね。でも例えば恋愛相談だったら役にたたんぞ、俺は」 「あんたは全く……例えばイジメとかだったらどうするのよ。それで、学校に来ることは来たけれど、やっぱり辛くて帰りたくなって早引きして、家にも帰れないから公園で時間を潰している、みたいな」 「イジメ、ねえ」  だとすれば由々しき問題である。だが少なくとも俺の停学前はそういう様子はなかったし、和衣が確信していない以上その線は薄いとは思う。 「そうじゃないにしても困りごとがあったら助けるのが普通でしょ。だから、悩み事を聞き出しなさい」 「……あしたは公園にいないかもしれないぞ?」 「いるわよ」 「なんでわかるんだ」 「あたしだからよ」  天才占い師め。 「でもだな、」 「絶対だからね。話しかけるのよ」 「……わかったよ」  和衣は電話口で鼻息ひとつ満足そうにフンと鳴らす。 「あ、きょう、弟さんは?」 「もう寝たよ」 「……そう。よく考えたら夜に悪かったわ。あんたんちご両親がいないから、夜は忙しいはずだもんね。家庭の事情ってあるものね」 「いや、大丈夫。悪いな気を遣わせて」 「そういうわけじゃないけど。まあ仲良くやっているならいいの。じゃあ、柊ちゃんの件、うまくやるのよ」 「ああ、わかっ……」  言い切る前に電話が切れる。これで学校では猫を被っているのだから質が悪い。  もしあした、本当に冬月が公園にいなければ和衣への報告は楽なのだけれど、と思いながら俺は、部屋の照明を落とした。  それでも俺はわかっていた。  あした、冬月は絶対に公園にいる、ということを。
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