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ホームステイ先は学校から南に5km離れた一軒家だった。アメリカのドラマや映画でよく見るような、広い庭に白い建物、そこから大型犬がわさわさ出てきそうな大きな家だった。
雷亜は玄関ポーチから、フレンドリーな笑顔を見せながら、両手を広げて暖かそうな家族が出迎えてくれるシーンを想像したが、期待に反して達也は普通に玄関のドアに鍵を挿し込み、中に入った。
豪奢なリビングは暗く、余り掃除をしていないのか、テレビラックの上に飾られた家族写真には埃が溜まり、家は冷たく寂しげな雰囲気だった。
「だ、誰も居ないの?」
「昼間はな。夜も顔を合わせることはない。2ヶ月前にここの夫婦は離婚して、奥さんと子供は出て行った。それで部屋が空いたから、お前もここに来たって訳だ」
雷亜は絶句した。
「ホームステイって、現地の人ともっと交流するためにするんじゃないの?」
「最近は部屋だけ貸すって形も増えてるぜ。だから、俺は別に不満はない。それより、俺にとっては只でさえ湿っぽくなっちまったこの家に、お前が来たのが不満だ。本当に親父は何を考えているんだか……」
「でも、そんな状況だったから、叔父さんは達也一人で心配だったんじゃ……」
「アホ!だったら、ステイ先を変更すりゃいいだけだろ!違うんだよ!ここのおっさんと親父は旧知の仲なんだ。大学の頃の友人なんだと!家を買ったはいいがローンの返済が大変になったから、俺らを住まわせて、それを返済にあててるのさ。親父からしたら、困ってる友人も救えるってんで一石二鳥なんだ」
「なるほど、じゃあ二人分の方が助かるのか……」
それを聞いて雷亜は自分の留学に納得した。
アメリカを経つ際、叔父が頻りに達也の身の回りの事を頼むと言っていたから、要はついでにここでの家事を雷亜にやれと言いたかったのだ。雷亜まで留学させた意味がこれではっきり分かった気がした。ならば叔父の意図通りに家事を頑張ればお役に立てるというわけか。
「俺の部屋は2階の東だけど、お前の部屋は地下室な」
「は?地下室?!」
俺はネズミじゃねえ、と言いたげな雰囲気が通じたのか、達也が振り向いて仏頂面をした。
「大丈夫だよ。僅かばかりの窓も上っかたにちょっと付いてるし、元々子供達の遊び部屋だから外に音も漏れない。いいと思うぜ」
「そ、そうなの?」
「自分の目で見てみろよ!」
と、言って達也は地下室に続く階段を下り、扉を開けた。
覗き込むと確かに心配するような悪環境ではなかった。濃紺の壁には所々星が散りばめられ、照明も洒落た雰囲気だ。何より驚いたのがロフトベッドが船の形をしている。北欧っぽいリーフ柄の絨毯は島のように見え、地下だというのに、冒険の旅に出るような気分になった。ただし、机は子供用で使い辛そうだったが、父と二人で暮らしていた頃と比べたら素晴らしい環境だった。
「じゃあ、これ。ここの家の鍵な。俺の友達が来たら絶対顔を見せるんじゃねえぞ!分かったか!」
投げつけられた鍵をキャッチし、雷亜は「分かったよ」と返事をしながら、部屋を出ていく達也の後ろ姿を見送った。
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