128人が本棚に入れています
本棚に追加
翌朝──。掃除と洗濯を済ませ、早速、キッチンで朝食を作り、達也に食べさせた。
不味いとも旨いとも言わず、仏頂面で黙々と食べた後、迎えに来てくれた友人の車に乗って達也は登校した。
食事の後、雷亜も慌てて片付けを済まし、シャワー室に向かった。鏡面には、ワカメを被った茸のような自分の姿が映っていた。鼻先まで顔を覆う真っ黒な癖のある髪のせいで陰気な雰囲気が抜けない。
雷亜は髪をかき上げ、赤黒く変色した右の半顔を見つめた。細かな傷が凸凹と岩肌のように残り、まるで四谷怪談のお岩さんのような面だった。確かにこの顔では汚いと達也に罵られても仕方ない。
(アメリカの学校でも、やっぱりこの顔のせいで苛められるのかなあ)
達也から投げ掛けられたNerdという単語が雷亜の不安を強めた。あれだけ達也が嫌悪感を露にしてるんだ。多くの生徒がきっと雷亜をそんな目で見るのだろう。
雷亜はまた溜め息をついた。
気分が重かったが、慌ててシャワーを浴び、リュックを背負い、自転車で学校に向かった。
急がなくては初日から遅刻してしまう。
雷亜は海沿いの道を真っ直ぐ風を切って走った。
どこまでも続く地平線と、雲の合間から射し込む光。朝焼けに染まる海のコントラストがとても神々しくて、気分は最高だった。
海は雷亜にとって、パワースポットのようなものだった。それも6年前に、神奈川の海で天使に出会えたからだ。潮の香りと凪いだ波の音を聞くだけで、あの時のあの子の美しさを思い出し、勇気が湧いてくる。
潮風に吹かれてパワーをつけながら、雷亜は拳を天空に振り上げた。
密雲の合間から射し込み始めた陽光が拳に熱を与えた。
海風がもっさりとした前髪を払い除けると、視界が一気に明るく広がる。
あの子を救えた時のような、腹の底から沸き上がる高揚感に、清々しい気分で、大きく息を吸い込んだその時──。
脇を走り抜ける赤のオープンカーから、氷入りのドリンクが投げつけられた。
「──っ冷てぇ!」
胸元からシャツの内側に滑り込んできた氷の冷たさで息が止まる。
急ブレーキをかけ、前方を走り去る赤のクラシックカー、キャデラック・エルドラドを見た。
後部座席に座ったポンパドールツーブロックのいきった男が振り向いて中指を立てた。
運転手以外の誰もがこっちを見て、何がそんなに可笑しいのか、大口を開けて笑っていた。
(誰だあれ?……何でこんなことするんだ?)
雷亜は茫然とその場に立ち尽くした。
(学校まで、あとちょっとだったのに……)
最初のコメントを投稿しよう!