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――25年前。 『たまたま、落とし物を拾って反撃した。わざと隠したって、大人たちに悟らせないように』  学級委員長は怒っていた。妹が口裂け女に襲われて、両足のアキレス腱を大きなハサミで切られたらしい。  委員長の話を聞いた凪子たちは、口裂け女の残忍さに怯えてながらも、委員長の怒りに心が同調するのを感じた。  口裂け女のせいで友達と遊べない、安心して家に帰れない、明日は我が身かもしれない。だったら、戦うしかない。  建物の隙間、茂みの奥、道路の側溝、ありとあらゆる場所に子供たちは反撃の手段を隠した。  辞書、縄跳び、ボール、カッター、金属バット、定規、彫刻刀。  凪子はようやく目的地へたどり着いた。  小さな赤い実を実らせている生垣の下に、友人たちの『落とし物』が道路に飛び出しているのを見つけて手を伸ばす。  刹那。 ――ドンっ。  と、背中を思いっきり押された。勢いも手伝ってその場で盛大に転び、手を伸ばしたままの体勢でしたたかとあごを打ちつける。 「いっ――」   悲鳴を上げる前に、背中からもの凄い圧力が加わって身動きが取れなくなる。  自分が今、どのような状況なのか。誰かが、凪子のランドセルに馬乗りになって頭を押さえつけている――道路に伸びた影絵が彼女に絶体絶命を伝えていた。 「ヴァアアア、この可愛い脚を切って、殺してやるうぅう!」 「!」  いやだ、私なにも悪いことしていないのに。  小さな胸の焦がす怒りと恐怖が、この時爆発した。遮二無二手をのばして、茂みから頭を出している落とし物に手が触れる。 「あああああっ!」  凪子は大きな悲鳴を上げて、無理やり半身をねじり友人の落とし物――女性が際どいポーズをとっている分厚いマンガ雑誌を投げつける。  右肩にゴキリっと変な音が鳴ったが気にしてはいられない。  予想していなかった反撃に襲撃者は怯み顔を手で覆った。どうやら、顔に当たったようだ。よほどショックだったのか、凶暴な気配が消え去り糸が切れた人形のように座り込んで、しくしく泣き始めている。  長い髪に赤いコート、顔半分を覆うマスク。確かに口裂け女のだが、こんな存在だったのか? 「ぃたい、ひくっ、ぃい」 「…………」  女の呪縛から逃れた凪子は、その場から逃げずに立ち上がり、擦りむいたあごをさすりながら撫でた。  右の肩全体が痛いが、それ以上に、口裂け女らしき存在に冷たい怒りが湧いた。  凪子は地面に落ちた雑誌を再び手に持ち、座り込んでいる女の頭に力いっぱい振り下ろした。
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