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「他の人間だったら、知った奴でも動いてなかった。自分の部下でもな」
はっきりと、冷たい声で彼は言った。
「春ちゃんが俺に申し訳ないなんて思う必要はない。助けたのは俺の個人的な理由だ」
個人的な、って――――。
ふと頭をよぎった。
彼だけが持つ理由。
「それって」
「……『吸血鬼』として、春ちゃんの血は失いたくなかったからだ」
「……どうして、ですか?」
怖いとか悲しいとか、そういう気持ちはなかった。
ただ単純に、どうしてわたしなのかと思った。
「春ちゃん、好きな食べ物はあるかい」
「はい?」
「どうしてそれが好きかって聞かれて説明できるか?――――理屈じゃないだろ」
どくん、と彼が『好きな食べ物』と喩えたわたしの血が脈打つ。
「……いつから?」
「面接に来た時からだな」
「それ、最初じゃないですか……」
「悪いな」
小さく笑って、彼は言う。
「あの日は雨で、それでなくても血の匂いが濃かったし、それに……あの時もどこかで転んだんじゃないか?」
「……あたし、話しました?それ」
「いや、聞いてはいないけど。真新しい血の匂いがしていたし、スカートの裾が少し汚れていた。だから、多分そうだろうなと思ってた」
確かに、駅の階段で滑って転んだけど。
破れたストッキングも替えたし、傷は絆創膏貼ってたし、スカートでギリギリ隠れてバレないと思ってたのに。
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