三年後-2

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三年後-2

 カージナルが革命軍のリーダーに接触を図ったのは、今から四年前のこと。  その当時から国は腐敗しきっており、民衆の不満が各地で広まっていたのだ。  王子として地方自治に関わる公務に数多く携わってきたカージナルには、民衆の怒りや憤りが手に取るようにわかった。  まれに暴動が起きたりもしていたが、その当時はまだ小競り合い程度で済んでいる。しかしこのままでは革命に発展するかもしれない……そんな不安を抱いていたカージナルは、王や重鎮たちをなんとか説得しようと試みた。  プリステラの父の賛同を得た彼は、何度も王にそのことを談判したのだが、それは全て徒労に終わった。  継承権が低かったこと。他国出身の母を持つカージナルが、力を持っていないたこと。唯一の後ろ盾であるプリステラの父と王の関係が劣悪だったこと。  加えて王が『民など虫けら。塵芥に等しい存在を気遣って、清貧な生活などできるか』という考えの持ち主だったことが最大の理由だった。  しかも父はカージナルの言葉を受けて、民衆への弾圧を考えたのである。 『王室に刃向かう者を取り締まって何が悪い。お前のおかげで反抗の目を早期に摘むことができた。これでこの国も安泰だ』  そう嗤う国王は、王室に逆らう気力も起きないようにと、民に向けさらなる税を課すことに決めた。  カージナルの反対など、まるで無視して。 ――もうこの国は終わりだ。  目の前のこの男を排除しない限り、この国に未来はない。カージナルは強く実感した。  腐りきった王家などこの世から抹殺して、新しい国を作り直した方がよっぽど民のためになる。  そう思い、側近に命じて各地で起こった暴動の調査を始めたのだ。そしてたどり着いたのが、後に革命軍のリーダーとなる男だった。  その男と接触を図ったカージナルは、不正を行った貴族の情報や資金を次々と提供。  もちろん直接対面したことや、会話を交わしたことはない。プリステラの言うとおり、間に人を何人も介在させてのことだから、彼らがカージナルにたどり着くのも容易ではないと踏んでいた。  そんな思惑さえも、プリステラはうち壊してしまったのだ。  それは愛着というより、もはや執念に近いだろう。 「殿下のなさろうとしていることはすぐにわかりましたから、僭越ながらわたくしも資金など提供させていただきましたわ」 「よく、あの男たちが素直に受け取ったものだ。君は革命軍が憎んでやまない貴族だというのに」 「もちろん初めは酷く警戒されましたけれど、第四王子に婚約破棄を言い渡されて国を追われた令嬢だということがわかった途端に、皆さま手のひらを返したように優しくしてくださいましたの」  これも全て殿下がなされたことのおかげですわ……と朗らかに宣うプリステラに、カージナルは二の句も告げない。 「それからわたくしの目的と、これまで資金提供してくださったのが殿下であることを打ち明けまして。初めは全く信用してくれませんでしたけれど、二年という歳月をかけて少しずつ理解していただきましたのよ」 「全く……やっぱり君には敵わないな」  カージナルはプリステラに告白に、苦笑するしかない。 「まさかこんな展開になるなんて、思ってもみなかった。君が言うとおり、私は随分と詰めの甘い男だということだな」 「ですが真相にたどり着いたのは、わたくしと父だけです。ほかの方は全く気付いておりませんでしたから、その点はご安心ください」 「そうか……」 「一つ、お聞かせください。なぜわたくしとの婚約を破棄されたのです」 「君を巻き込みたくなかったから」 「巻き込んでくださって結構でしたのに」 「そんなこと、できるはずがない! 彼らが望んでいるのは王家の滅亡、そしてこれまで非道の限りを尽くした貴族たちを根絶やしにすることだ。結婚などしてしまえば、君とて私の妻だからという理由で処刑されてしまう」 「だからそうなる前に、婚約自体を解消しようとお考えになったのですね」 「……そうだ」 「てっきり、わたくしでは殿下の妻に、相応しくないのかと思っておりましたわ」 「違う! こんな腐れきった国こそが、君に相応しくないんだ。君は本当に素晴らしい女性だ。そんな君を王子妃にして、こんな国と心中させるなど……私にはできない……」  だから彼は告げたのだ。  卒業パーティーの席で。  王子妃の位は、君に相応しくない。  沈みゆく国と一緒に、儚く消えることなんてないのだ、と。  そうして唯一心から愛してやまない婚約者の手を、自ら離したというのに……。  両手で顔を覆って、深いため息をつくカージナル。  その両肩は微かに震えている。 「共に陛下や奸臣たちと戦うという選択は、ございませんでしたの?」 「それも考えなかったわけではない。しかし私には強固な後ろ盾がなく、権力なんてないも同然。私が何を言ったって、一蹴されておしまいだ。そんな私と考えを同じうする君が城に残れば、最悪の場合排除されただろう」  事実、カージナルは国政に深く関わるようになってから、何度か暗殺の危機に直面していた。命を狙ったのが誰であるかはわからない。もしかしたら国王であった可能性も捨て切れない。  そんな危険な場所からプリステラを遠ざけた自分の判断は、正しかったと言わざるを得ない……カージナルはそう確信していた。 「死ぬのは王族だけでいい。だから、今すぐここを去るんだ」 「嫌です」 「いい加減、聞き分けてくれ! 今こうしている間にも、革命軍の兵士がやってくるかもしれない。私と一緒にいるところを見られれば、君だってどんな目に遭うか……」 「兵士ならまいりませんわ。この場所はしばらく誰も近付かないよう、兵士らに厳命がくだっておりますから」 「なぜ……彼らはどうしてそこまで私を助けたいなどと……」 「殿下に心から感謝しているからですわ。あなたが資金や武器、果ては王族や近習しか知り得ない王城内部の情報まで提供したおかげで、革命は成功しつつあるのですもの。そんな恩人を断頭台に送るなど、彼らにはできなかったのです」  カージナルを死なせたくない。しかし革命の表舞台に一切姿を表さず仕舞いだった彼を、ただ助けることはできない。そのことが、後の禍根に繋がる恐れもあるからだ。  しかし彼らには今、プリステラという同志がいる。  カージナルの命を助けたいと願う同志が、だ。 「殿下はご自分にはなんの力もないとおっしゃいましたが、それは違います。あなたのおかげで、民衆は勇気と力を得ました。この国は新たに生まれ変わろうとしています。新しい国家の誕生を、わたくしと一緒に見届けましょう。それが革命軍(かれら)の意思でもあるのですから」 「しかし……」 「あぁ、もう。これ以上の反対意見は聞きたくありません。わたくしがここに来た以上、殿下の答えは『はい』か『諾』以外にないのですから!」  キッと(まなじり)を吊り上げて、苛立った表情を見せるプリステラ。彼女がこんな顔をしたときは、何がなんでも自分の意見を押し通そうと躍起になったものだったなと、カージナルは頭の片隅でぼんやりと思い出していた。  とにもかくにももう、自分に残された道は『はい』か『諾』のみらしい。  ならばもう、腹を決めるしかない。  助命を望んだ革命軍のためにも、危険を承知でこんなところまで来てくれたプリステラのためにも。 「最後に一つだけ聞かせてほしい。なぜ君が直接ここに出向いたんだ? 誰かに私を連れてくるよう依頼して、安全な場所で落ち合うということだって可能だっただろうに」 「わたくし以外の者がここに来ても、殿下は梃子(てこ)でも動かなかったことでしょう? ですから確実に城から連れ出せるように、わたくしが直接まいったというわけです」  わたくし、欲しいものは必ず手に入れたい(たち)ですの……そう言ってプリステラは、悪戯が成功して喜ぶ子どものように、無邪気な笑みを見せた。 「まさか君がここまで行動力のある女性だとは気付かずにいたよ。誤算だったな」 「殿下はご存知なかったかもしれませんが、わたくし案外強欲で執念深い人間ですの。ですからもう二度と殿下を手放しませんし、離れたいと言っても無駄ですわ。三年間、わたくしを遠ざけた報いを受けていただきますから」  カージナルの前に、スッと差し出された手。  白く美しいその指先が、微かに震えている。  その手をキュッと握りしめると、プリステラの体がピクリと反応した。次いで頬がみるみる朱に染まり、頬が自然と緩んでいく。  普段は冷静な淑女であるプリステラが、唯一カージナルだけに見せる笑顔。  カージナルが昔からずっと好きだった表情(かお)に、まいったな……と独りごちた。  こんな顔を見たら、これ以上拒絶することなんて絶対にできない。  身の危険も顧みず、ここまでやってきたプリステラの愛と勇気に、今度は自分が答える番だ。 「もう二度と、君の側を離れはしないよ」 「真実、誓って?」 「もちろんだとも。一生をかけて証明しよう」 **********  翌日の正午、第四王子の処刑が執行された。  王都中央にある広場に引き摺り出された王子は、捕らえられた後も激しく暴れていたらしく、顔中に包帯を巻き付けて現れた。  最後まで「自分は王子ではない」と叫んでいたが、抵抗虚しく断頭台の露と消えたのだった。  処刑の瞬間を見守り、胴から首が離れた瞬間に喝采を上げた民衆は知らなかった。  今目の前で処刑された男の言葉が、真実であることを。  実は第四王子と同じ髪色を持ち、背格好がよく似た悪逆貴族が替え玉にされていたことを。  そして当の王子は既に王都を脱出し、国境に向かって逃走していたことを、民衆は誰も知らずにいたのだった。  やがて一つの国が滅亡し、新しい国が産声を上げたころ。  革命の起こった国から遠く離れたとある国の小さな町で、一組の若い夫婦の姿が目撃されるようになった。  蜂蜜色に輝く髪を持ち、常に柔和な笑みを浮かべている夫と、燃えるような緋色の髪に相応しく、意志の強そうな顔立ちをした美しい妻。  彼らは常に寄り添い、決して離れることはなかった。  夫は生涯妻に愛を囁き続け、妻もまた夫を献身的な愛で支えたのである。  その姿に若い女性たちの憧憬を集め、将来はあんな結婚をしてみたいという令嬢が続出したりするのだが。  当の二人はそんな周囲の様子など全く気付きもしない様子で、ただただ愛に満ちた穏やかな日々を送ったのである。
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