第1話

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第1話

「最低!」 怒りを孕んだ女性の怒鳴り声と、バシッと頬を叩く音。 その瞬間まで、その落ち着いて洒落た空間は皆に癒しを提供していたはずなのに、午後のカフェは一気に緊張感に包まれる。 仁王立ちになり、ゆったりと椅子に腰掛ける男性の頬を張った女性は、もう一度鋭い声で「最低!」と叫んだ。 怒鳴られた男性は全く動じずに、冷たい目で女性を見上げた。そのあまりにも整った顔で睨まれ、怒っていたはずの女性の方が怯んでしまう。 「…………気が済んだか?」 「本当に……最低…。もう二度と会わない……」 女性は先程までの勢いを失くし、ふらふらとカフェから出て行った。 残された男性が優雅に珈琲に口をつけると、固唾を飲んで事の顛末を見守っていたカフェに居た全ての人間が、はっとしたように男性から目を逸らす。 男性……須崎颯馬はたった公衆の面前で振られたばかりだというのに、全く何の動揺も見られない。 颯馬は携帯を取り出すと、さっさと女性の連絡先を削除してしまった。 殴られた頬がやや痛むが、この程度で彼女と別れられて良かったと思っている。 俺には恋愛なんて向いてないんだ……。 人の気持ちなんてよく分からないから、いつもこうして怒らせる。 今回振られたのも、どうしてなのか颯馬には理由が分からなかった。 父親に押し付けられたお見合いで出会い、今回が二度目のデートだ。 正直面倒だと思っていたし会話は弾まなかったが、それが理由であんな風に怒られるのだろうか。 全く分からないな………。 颯馬がそう思いながら首を横に振った時、すっと目の前に濡らしたタオルが差し出された。
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