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昼と夜の間の時間が好きだった。
燃え盛るような夕暮れも、静かに暗くなる深い青も。
食べてしまいたいほどに好きだった。
でも私には時間やら空間やらを食べることは出来ない。だからただその景色を切り取る。写真や、絵や、文章で。赤い空に浮かぶ、ピンクとオレンジの雲を切り取ろうとした。手元に残す行為をすれば、食べられなくても自分の中で好きな時間を消化できる気がしたんだ。
だから、私がそれを見た時の第一声はズルい、だった。
それは夕闇の空に、何もないはずの宙に腰かけていた。そして何とも優雅に、昼と夜の時間をその口に運んでいたのだ。
ズルい。私だって大好きな時間を食べてしまいたいのに。
そう言えば、それは不思議そうに首を傾げた。
「この姿を見て、驚かないどころか、ズルいとは。」
驚きはした。一応びっくりしましたとも。なんか全体的に黒っぽい、何となく人型に見える影みたいな何かに遭遇したんだから。
「私は昼と夜の間の時間が好きなの。食べちゃたいくらい!でも私には食べられない。あなたは食べられるからズルいと思ったの。」
言っていて、なんだか酷く理不尽なことを言ってしまったと思った。
別にそれが昼と夜の時間を食べられることは、きっとそれにとっては普通なのだ。私はそれではないのだから、同じことが出来ないことは仕方がないことだった。
「食べたくて、食べているわけじゃない。これが、必要だから食べてるのだ。」
やはり必要なことらしい。でも、私にはしたくても出来ないことが出来ているのだからもうちょっと美味しそうに食べてほしいのだけど。
「夕焼けの味はどんな味?」
「夕焼けに味などあるものか。」
「薄明は?ブルーアワーは?」
「なんだそれは。」
せっかく食べているものを、何も知らないなんてもったいない。
私はそれに、自分で描いた絵を見せた。ノートしかなかったから、簡単なものだけど。
「これが夕焼けかな。この前の金曜日の空のスケッチなんだけど」
ヒュンと風を割くような音がして思わず目を閉じる。目を開くとそれが、何やら赤いキューブを持っていた。赤いキューブは一色じゃない。燃えるような赤とオレンジと
「この前の金曜日の夕焼け……。」
私が見た夕焼けがそこにはあった。それはそのキューブをじっくり眺めてからひょいっと口の中に放り込んだ。
「ああ、切ない味がする。腹がキュッと締め付けられて、何やら焦燥にかられるような、居ても立っても居られないから泣きながら走りたくなるような味がする。」
私は今度こそ驚いた。それを見つけた時よりも驚いた。だってそれが今口にした言葉は私があの夕焼けを見て思ったことだった。
「そうか、そうか、分かったぞ。」
それは何やら納得した様子だった。私を放って勝手に納得しないでもらいたい。
「何が?」
「本来、時間も空間も無味なのだ。味などしない。昼と夜の時間も同じこと。」
食べれない私には理解できないことだったが、それが言うならそうなのだろう。
「誰かが見てこそ、味が付く。お前が昼と夜の時間に心が動かされたからこそ、あの夕焼けを食べた時には感じられなかった味が、お前の絵を食べて感じられたのだ。」
私はなんとなく、その言葉が嬉しかった。
好きな時間が食べられなくても、好きな時間に味をつける事が私には出来たのだ。
納得したそれは、既に先ほどまでの姿ではなかった。黒い影のようだったそれは、ちらちらと赤く、燃えるような色をしていた。
それが何かは、私には未だに分からない。理解も出来ない。ただ一つ思うことは今日まできっとそれは、心というものに触れたことが無かったのだろうということだけだ。
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