きこえる、きこえる。

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 仕事を引退してから暇を持て余す高齢者は少なくないが、だからといってそのウサを自分より年下の、立場の弱い人間相手にぶつけることで晴らすのは本当にやめてほしいと思うのである。いい年した大人がみっともない、とは思わないのか。  また、こういう人間もいた。  マンション内の共有スペースは禁煙だと繰り返し言っているのに、エレベーターホール(ポストスペースの真横にある)でタバコを吸いながらエレベーターを待つ母親。子供のことは完全にほったらかしで、小さな子供は無邪気に人様のポストをいじくりまわして遊んでいるのである。たまにうっかりダイヤルの鍵が開いてしまうことがあり、中身ガバサバサと地面に落下していることもあるのだ。  しかも、落とした子供はそれを戻さない。  母親は子供のそんな行動に気づいていても完全にスルー。叱りもしないでタバコをぷかぷかふかしている始末。落ちた中身を戻すのはそれを目撃していた管理人の仕事になるわけだが、落ちたひょうしにあまり掃除が行き届いていない床で郵便物が汚れてしまうこともあるわけで――そうなるともう、戻したところでクレームになることも少なくないわけで。  自分の郵便物が汚れていたぞ、どういうことだ!だの。  禁煙なのにタバコの臭いがするのはなんとかしてくれ、だの。  そんなことを言われてもどうしろと、と何度頭を抱えたかしれない。なんせ、ああいう親子は自分が注意したところで聞かないどころか逆ギレしてくるのが関の山であると、長年の経験で知っているからである。  あまりに辛くて上司に相談し、派遣先を変えてもらったのが一年前のこと。今のマンションの住人達は非常におとなしい。大きなマンションで、前のところと違って交代で二十四時間勤務なので、場合によっては夜勤が入ることもあるという問題はあるが――それを踏まえても格段に対応しやすいのだった。  治安の良い地域の高級マンションは、それだけで住民達も心に余裕があるということなのかもしれない。九時から五時まで開いている受付スペースに座っていても、無茶な言いがかりをつけてくる住人は極めて希だった。それどころか、通り過ぎるたび笑顔で挨拶してくれる住人が少なからずいるほどである。  このマンションの仕事をずっと続けていたいな、と早くもそう思い始めていた――まさにその時のことであったのだ。あの落とし物が、受付に届いたのは。 ――あ、またイヤホンが届いてるわ。
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