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コロッケでよかった
「響子ちゃん、今日夕飯手伝うね。」
未藍はエプロンをつけて、叔母の隣に立った。小学6年生のとき母が行方不明になって以来、叔母夫婦と暮らしている。
「あらそぉお? 今日はコロッケにしよっか。」
新じゃがを茹でマッシャーで押しつぶす。
「明日、ちょっと帰り遅くなるね。」
「侑香ちゃんたちと遊ぶの?」
叔母の声は上品なカーブを描いて最後に少しあがる。
「明日……神様に会ってくる。お父さんにも会えるかもしれない。」
「神様? お父さん?……え、どういうこと?」
料理をしながらできる話じゃない。スマホの文字虫喰い現象を経て、叔母は不思議なことに少し免疫ができた。それでも理解してもらえるかどうか難しい。
「私のお父さん、山の神様かもしれないんだって。明日の夜は天の神様と山の神様と私や稗田部長とで契約を交わすんだけど、1000年前から決まってることで、私、明日結婚するの。」
叔母はタオルで手を拭くと、私のおでこに冷んやりとした手を当てると、ダイニングの椅子まで連れて行き座らせた。
「待って待って、落ち着いて。未藍ちゃんのお父さんが異界の人かもしれないって言うのは知ってる。そしてお父さんは山の神様かもしれないのね。でも契約とか1000年ってのは何なの?」
未藍は“契約”について、はじめから順をおって響子に説明した。
「……それで未藍ちゃんは、天の神様の子どもと結婚しなくちゃって思ってるのね? まだ早いってお断りしたら? 」
「うぅん。相手の子は蓮くんていうんだけど、彼とは……結婚したいと思ってる。だからもう少し待ってってお願いすることにした。」
「未藍ちゃんは地の神様の子ども。蓮くんは天の神様の子ども。2人は将来結婚したい……ああーっごめん未藍ちゃん! 私頑張ってるけどまだ気持ちがついていけてないわ。」と響子は胸を押さえて目をつむった。
「びっくりさせてごめん。今日は私に夕飯作らせてよ。」
響子と一緒に何度かコロッケを作ったことがある。叔母はお婆ちゃんに教えてもらったから、これはウチの味なんだって。今日がコロッケでよかった。
未藍はまだ肝心なことが言えていない。
明日、家を出るまでに叔父と叔母にちゃんと育ててくれたお礼を言わなくては。
9月21日(月・祝)pm5:17
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