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普通が一番いい
稗田は、居間に父と母と弟を呼んだ。
綴の重い表情にみんな何かを感じていた。こういう時、稗田の家では皆んな正座をする。
「明日、爺ちゃんから引き継いだ大事な仕事をしてくる。語部として爺ちゃんたちが代々引き継いできた中で、たぶん一番大事で大変な仕事になると思う。
だから皆んなにも心づもりをして欲しいなって思ってます。」
「それは、危ないことなの?」母が心配そうな顔をする。
「ん。 そうなるかもしれないし大丈夫かもしれない。誰も経験したことがないから行ってみないと分かんない。」
「兄ちゃん、明日……帰ってくるよね?」
「ん。 うまく行けばね。」
父が黙って立ち上がり寝室へ行き、紙に包まれたものを両手に乗せてやってきた。紙を広げると中には白い装束が入っていた。
「爺さんから預かってた。綴のために作ってもらったらしい。どこに頼んだか俺は知らないけど、おまえを守ってくれる特別な糸で織ってあるそうだから、明日着て行きなさい。」
「着方が全然分かんないけども、どうしよう?」
「奥宮さんに聞くしかないかもね。」母も首を横にふった。
「明日、3時頃に奥宮さんの家に行くからその時に聞くいてみるよ。」
「じゃあ、兄ちゃんの成功を祈って美味いもんでも食べるか!綴は何食べたい?」父さんがわざと元気そうな声を出す。
「何でもいいよ普通で。うん、普通の晩ご飯がいい。」
その日の夜は、いつも通り普通のご飯を食べ、いつも通り父は酔っ払った。今日だけはいつもと違って酔った父が泣いて謝った。
「綴、ごめん。ほんとは俺がやる役目なのに。」
「父さん、そういうのやめてよ。ぼくは爺ちゃんに憧れて好きで語部引き継いだんだよ。でもぼくと同じ高校生の子は好きじゃない人と結婚しなくちゃならない。そういうのやめにしたいんだよ。だから、父さんが正解なんだって。」
普通の食事をして、テレビを観ていつも通りの会話をした。寝室に行く前に弟が声をかけてきた。
「ぼくも、ごめん。兄ちゃんばっかり大変だからさ。」
「ん。 じゃあ、帰ってきたら手伝ってもらうから。」
ずっと黙ってきたことを家族に話した。もっと家族に甘えて頼ってもよかったのかもしれない。今日ほど絆を感じた日はなかった。
祖父や祖父の弟さんも、こんな気持ちだったんだろうか?
今晩は寝れないだろうと予想していたのに、あっという間に眠りに落ちた。
9月21日(月・祝)pm11:40
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