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そこから一望できた景色は、たった今少女の心に焼き付いて染み渡った。
絵に書いたようなデカデカとした赤い夕陽が、水平線の奥にゆっくりと沈みこんでいく。赤い光はぴかぴか海水に反射し、田舎くさい海沿いの街を夕色に染め上げていた。
そこいらでは一番高さのある建物がこの展望台で、家族で昔来た時にはそれなりに人が入っていた記憶があったのだが、今となっては、それも平日のこの時間帯ともなれば見る影もない。
ただこの夕焼け街を最後に見られたことは感動だった。思わず泣きそうだった。
靴はすぐ側に揃えて置いてある。しわくちゃになった紙切れを下敷きにして。
展望台の手すりを乗り越えて、下から吹き上げる風を一身に受けて身震いした。
靴下まで脱ぎ捨てた素足がすーすーする。右膝が震えている。真下を見ると恐ろしく遠い場所に黒くて硬そうなコンクリートが見えていた。
一歩だ。たった一歩で今日の目的を終えることが出来る。
黒くて硬そうなコンクリートから、目の前の夕陽に視線を移した。
少し眩しくて目を細めるが、その赤は瞳の奥に熱を帯びて焼き付いてくる。
夕陽は半分以上沈みかけていた。
夕陽が沈む瞬間に死ぬと、あの世で道に迷わない。
おばあちゃんが言っていた。あの世は『あの夜』なのだと。そこは暗くて何も見えない夜の世界。だから死ぬ時は太陽について行きなさい。そうすればきっと道を照らしてくれるから。
くだらない、そう思う。
けれどいざ死ぬとなると脳裏にその言葉が呼び起こされ、もし本当だったらと思うと少し不安で、どうせ死ぬのは同じなのだからそうしようとなった。
夕陽が水平線に呑み込まれて、あと三分の一もない大きさになっている。さっきよりも格段に辺りが薄暗くなっている。赤い街が紫色に変色していく。
しかし無情にも夕陽の侵食は進み、まるで時限爆弾のタイマーみたいに刻一刻と少女の命の時間を削っていく。
少女の頭の中には後悔と悲しみと怒りと恐怖が渦を巻いていて、それらの感情が混ざり合った涙が頬を伝って顎先からおっこちて、風に飛ばされて消えた。
苦しみなんて嫌いだった。
悲しみなんて嫌いだった。
けれど逃げ道はなかった。
誰に聞いても逃げるな戦えと少女の背中を無理に押し付ける。いつしか少女は誰にも見えない、計り知れない誰かの荷物を背負っていた。
その重さが、彼女の心を深く深く沈めていく。
もう浮上することは出来ない。
風が少女の髪を靡かせた。
夕陽が世界から消えかかる。
地面に待ち構えている黒いそれが笑っている。
――飛んでみろ。
夕陽が沈んだ。
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