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八話 新兵たち
失った水分を取り終わった頃、背後に気配を感じて振り返ると、見知らぬ兵士が二人立っていた。
歳は俺よりいくつか上っぽいので、十代半ばぐらいだろう。
俺は二年ほど前から兵士たちに混ざって訓練してきた、兵士の顔は全員覚えたはずなのだ。
「ってことは、新兵か」
俺が彼らを見知らない理由に納得していると、新兵二人がしゃべりかけてきた。
「おい、お前。居残りで訓練させられてんのかよ、ダッセエな!」
「そんだけチビなら、当然か。どうして兵士になろうなんて思ったんだよ、チビ!」
物凄く低俗な煽り文句に、俺は思わず笑ってしまう。
「うははっ、なんだその語彙力のなさ。しかも典型的なイジメっ子の台詞じゃないか。しかも、俺が疲れているとみて絡んでくるなんて、うはははっ」
「なに笑ってんだ、このチビ!」
「居残りのクセに、立場わかってのか!」
腕を大きく振り上げて、新兵二人が殴り掛かってくる。
まだ訓練を初めて日が浅いのだろう、殴り方が兵士のものになっていないな。
そんな動き方じゃ、大人の兵士と混ざって二年間も訓練した俺に当てることは不可能だ。
「おらああ!」
「くるああ!」
「よっと」
勢いよく殴り掛かってきたので、俺は攻撃を避けながら、カウンターで二人のコメカミを順番に殴りつけた。
俺の拳が当たった瞬間、二人とも白目に変わり、尻から座り込むように崩れ落ちていく。
そして二人が完璧に倒れ込むより先に、こちらに大声を放ってきた存在がいた。
「こらー! あなたたち、なにをしているの!」
怒鳴りながら、練兵場を横断するように走ってくるのは、またも俺が知らない兵士で、今度は女性だ。
年齢はやはり、十代半ば。赤い癖毛を肩甲骨辺りまで伸ばしている。その髪が少し湿っぽく見えるのは、訓練でかいた汗か、それとも水を浴びて身綺麗にしたからか。
そんなどうでもいことを俺が考えていると、走ってきつつあった少女が、途中から困惑した様子で走る速度を緩めた。
「あ、あれ? もしかして、助けはいらなかったかな?」
少女が困惑して見ているのは、俺の前で失神して地面に倒れている新兵二人だ。
どうやら、俺がイジメられていると見て、助けようとしてくれたようだ。
「えっと、心配してくれてありがとうね。こう見えて、数年ここで訓練しているから、腕前に自信はあるんだよ」
気にかけてくれたことに対して礼を言っていると、急に少女が直立不動で敬礼した。
「もしかして、センパイだったですか! 失礼しました!」
兵士は上官と同階級の先輩に服従することを教え込まされるわけだけど、この少女の反応は過剰だ。
これもまた、新兵特有の反応だな。
熟練兵なんか、俺は王子だっていうのに、平気で顎で使おうとしてくるし。まあ俺の方も、教えられる立場だからって、甘んじて従うからいけないんだろうけどさ。
おっと、こんな余計なことを考えている場面じゃなかったな。
「そう畏まらなくていいよ。俺の名前はミリモス。君は?」
「ホネスです! よろしくお願いします、センパイ!」
ホネスと名乗った少女の態度は、むしろより硬くなってしまった。
どうしたものかと頭を悩ませていると、また別の人物が近寄ってくる。
「どうした、どうした。こんなところにひと塊になって。おわっ、二人倒れているじゃねえかよ」
今度は俺が見知った顔だった。
熟練兵のセンティス。俺の剣の先生の一人であり、とても強く、訓練に容赦がない人物だ。
そのセンティスは、俺たちを一巡するように見て、ニヤリと笑った。
「ミモ坊。一丁前に、新兵イビリでもしたのかよ」
相変わらず、俺を王子としてではなく生徒の一人として扱ってくるなぁ。
「失礼な。そんなに暇じゃないよ。この足元で寝ている二人が襲い掛かってきたから、一発ずつ反撃しただけだ」
「くはっ。年下のミモ坊に喧嘩を売った挙句、殴られてノビてんじゃ、どうしようもねえな。そんで、そっちの嬢ちゃんとは、どういう関係だ?」
「俺が襲われていると思ったらしくて、走って止めに来てくれたんだよ」
「ほほう。それは人々を守る兵士として相応しい行いをしたな。えーっと――」
「ホネスって名前だそうだよ」
「――思い出すのに時間がかかっただけで、ちゃんと覚えてたって。ともあれホネス。褒めてやる。よーしよしよし」
「うわぷっ。あ、ありがとう、ございますです!」
センティスに犬を褒めるときのように撫でられて、ホネスは困惑満載の表情ながら返事を返している。
一通り撫で終わってから、センティスは俺に顔を向けてきた。
「そんで、この二人はどうするよ。勝手な私闘を行うような馬鹿には、罰が必要だぜ」
「あー、センティスの特別訓練でいいんじゃないかな。あれなら十分に罰になるだろうし」
「おいおい。相変わらず、お優しいことだな。だがまあ、ミモ坊がそう決めたんなら、そうしてやるとするか」
センティスは気絶している新兵二人の襟首を持つと、引きずりながら兵舎へと戻っていく。
ホネスは事情が分からない様子で困惑していたので、俺が背中を軽く押してやった。
「ほら、センティスを追いかけて戻りなよ。別の兵士に怒られちゃうよ」
「えっと、センパイは戻らなくていいんですか?」
「俺は兵舎に暮らしているわけじゃないからね。ほら、行った行った」
再度背中を押してあげると、ホネスは疑問に満ちた顔をしながら、兵舎へ走って帰っていった。
俺はそれを笑顔を見送ってから、髪の毛が冷たいことに気付いた。
「うわっ、汗が冷えちゃっているよ。っていうか、汗をかいたままの状態で女の子と喋ってたよ。変な臭いしてなかったかな……」
運動着の襟首を引っ張って、臭いをかいでみると、やはり少し汗臭かった。
今度からは、常に身だしなみを気にすることにしよう。
なんたって、俺はノネッテ国の王子であり元帥だ。そんな存在が臭いとあっては、国の面子に関わるかもしれないし。
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