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九話 急報
元帥としての書類仕事を終えてから、練兵場で訓練を行い、夜には兵法書を読むことが、俺の日常になっていった。
先日俺が殴り倒した新兵二人は、センティスに特別訓練を受けて、だいぶ大人しくなった。それでも、俺を見かけると睨んでくるのだから、胆力だけはあるらしい。
もう一人の新兵であるホネスはというと、先の二人に負けないほど、厳しい訓練をこなしていっているらしい。
「先生たちから、センパイの凄さを教えてもらいました! センパイに追いつけるよう、努力していきます!」
なんて意思表明を、俺が訓練を終えるのを待ってから、直接してきたりした。
このとき俺は「頑張ってくれ」と返すだけで精一杯だったのだが、後で思い返して変な部分があることに気付いた。
ホネスはどうやら、俺がこの国の王子であり、軍の元帥であると知らないようだった。
あの新兵二人も俺を睨んできていたことを考えると、彼らも俺の正体を知らない可能性が高い。
不思議に思ってセンティスに聞くと、こんな答えが返ってきた。
「下っ端どもに知らせる必要ないだろ。そして、その方が面白いしな」
センティスの相変わらずの人の悪さに、逆に安心感を覚える回答だった。
ともあれ、そんな日常を俺は過ごしていた。
そして今日、書類を確認していると、ある文言を複数の書類で見かけることに気付いた。
「また【グランドレの実】を取りたいから、武器を携帯して森に入る許可を求めてくる書類があったよ。これも認可した方がいいんだよね?」
アレクテムに確認を取ると、しっかりとした頷きが返ってきた。
「一年に一度の民の楽しみですからな。ちゃんと認可してくださいませんと、不満を募らせる結果になりますぞ」
こう脅すように言われてしまうと、小心者である俺は、サインせざるを得ない。
「――また同じ許可を求める書類が出てきた。グランドレの実っていうのは、危険を冒してまで取りたいほど美味しい実なのか?」
愚痴りながらサインを入れていると、俺の作業机の上に一つの実がコロリと転がってきた。
手に取って見ると、それは【ドングリ】だった。
この実の出所は、決まっている。
「アレクテムが転がしてきたこれが、グランドレの実ってこと?」
「滋養に優れた木の実でしてな。森が近い村では、厳しい冬への備蓄の一つになっているほどですぞ」
「……食うんだ、この実」
ドングリを食べるのかと衝撃を受けつつ、窓から外の景色を見る。
「そうか。もう秋なのか」
「そして、すぐに冬になりますな。焚き木と炭の集積具合に関する書類は、ここにございますぞ」
差し出してきた書類を受け取って見てみると、各地の薪や炭の貯蔵状態が数字となって書かれていた。
そして補充が必要な地域には、『速やかな補充が必要』と書き込みがされていた。
「もしかして、各地の薪や炭の補充まで、軍がやらなきゃいけないの?」
「各地を素早く動けるのは、行商人か国軍だけですからな」
「それなら、金を払って行商に頼めばいいよね」
「行商は冬前にはこの地を去りますのでな。薪や炭などの余計な物を持って移動はできぬのです」
「なら、例の帝国の商会とやらにやらせるのはダメかな?」
「行商とは、その商会が雇っている者のことですぞ」
つまりは、どうあっても軍がやらないとならないらしい。
「わかったよ。許可を出そうじゃないか。ああそうだ。国境砦からの報告はない? 秋は、メンダシウム国の侵攻がないか気にしないといけないんだったよね」
「覚えておられましたな。ですが、いまのところ、侵攻を知らせる報告はないようですな」
「それはいいことだね。それにしても、どうしてメンダシウム国は、ノネッテ国に攻め入ろうとしてくるんだか。この国なんて、豆しか食べるものが育たないような、山間の土地だっていうのに」
俺が仮にメンダシウム国の王なら、こんな役に立ちそうな土地は無視して、別の実入りが良さそうな国に侵攻するぞ。
その疑問について、アレクテムは呆れ口調で答えをくれた。
「その山が持つ鉱石を狙っておると、ミリモス様は知っておいでだと思いましたがな」
「知ってはいるけど、採れる鉱石の量なんて、さほど多くないじゃないか」
例の帝国の商会へ卸す鉄鉱石の量や、ノネッテ国が生成する鉱物の量は、軍の報告書として俺のところにも来る。
その報告を見てみると、小さなノネッテ国としては潤沢な量でも、メンダシウム国やその後ろに控える帝国の需要を賄えるほどじゃない。
それこそ、うちを攻める苦労をするぐらいなら、他の有名な鉱山を持つ小国を攻め落とす方が実入りが大きい。
しかしこれは、俺の考え違いだったようだ。
「我が国では、山を崩すような開発は行っておりませんからな。山を壊せば、川が汚れて作物が育たなくなり、森が荒れて魔物が村を襲うようになると、言い伝えられておりますからな」
言い伝えであっても、公害の概念を知っていたのかと、俺は驚いた。
「つまり、ノネッテ国が持つ山に埋まっている鉱石の量は、実は膨大だってこと?」
「本当にそうかは、ワシらは知りませぬよ。生きるのに十分な量が採れれば、それでいいのですからな。ただメンダシウム国は、この山々には大量の鉱物があると主張しておりますがの」
ここまで説明されたとことで、俺はメンダシウム国の裏が読めてきた。
メンダシウム国は、隣国であり事実上の主上国である魔導帝国マジストリ=プルンブルに、いい顔をしたいのだ。覚えが目出度くなれば、様々な恩恵が期待できるのだから。
しかし、メンダシウム国の特産物には、帝国が欲しがるものがない。
それなのに、隣のノネッテ国には、帝国が欲してやまない鉄鉱石がある。
あの鉄鉱石を生む山があればと妬みに妬んで、メンダシウム国はノネッテ国から鉄鉱石を山ごと奪い取ろうと侵略することにした。
俺の勝手な想像だけど、きっとこんな感じで、戦争をしかけてきているんだろうな。
「迷惑な。帝国の顔色をうかがうのに、こっちを巻き込まないで欲しい」
「困った連中ですが、奴らは農民兵主体の弱兵ばかりですからな。渓谷の砦で防ぐことが可能なのです」
「豪語してくれるのは頼もしいけど、ちゃんと情報収集はしておいてよ」
「その点も抜かりはありませんぞ。メンダシウム国に密偵を潜入させておりますからな。加えて、あの国で戦争の機運が高まれば、我が国にいる帝国の商会に情報が入り、商人たちは避難を始めるのです。それを見てから戦の準備しても、迎撃は間に合うのです」
そうやって慢心しているところに、急報というものはやってくると相場は決まっていた。
伝令が、執務室に飛び入ってきた。
「報告します! メンダシウム国の密偵から、鳥文が届きました! 内容は『我が国へ出陣、始まる』。繰り返します。『出陣、始まる』です!」
「……アレクテム。帝国の商会が避難の準備をしているという報告は、なかったよな?」
「はい。ございませなんだ」
話が違うじゃないかよ。
「とにかく、メンダシウム国が動いてしまったからには、こちらも対応しなければな。城勤めの熟練兵に、国境の砦への出立を知らせろ。予備の武器や糧秣の運び込みも行うぞ。準備が済み次第、すぐに出立させるんだ。予備役の呼集は、敵の情報がさらに集まってから決めよう。指揮を頼むぞ、アレクテム。チョレックス王への報告は、俺の役目だな」
手元の書類にサインを入れてから、俺は執務室を出て、伝令と共に謁見の間へと歩いていく。
今回は非常事態なので、俺の謁見は最優先に行われるだろう。そしてその場で、俺の出陣が命じられるはずだ。
しかしなぁ、十二歳で初陣か。
安土桃山時代の戦国武将でも、この歳での初陣は珍しかったはずなんだけどなぁ。
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