一話 末弟王子ミリモス

1/1
42人が本棚に入れています
本棚に追加
/151ページ

一話 末弟王子ミリモス

 俺は、どこにでも居そうな、日本の大学生だった。  文学部に入り、アルバイトをして小遣いを稼ぎ、大して数は多くなかったが近しい友人と楽しく過ごしていた。  友人に勧められてアニメやラノベの有名どころを嗜んではいたため、軽めのオタクという感じの存在だった。  そんな俺の転換点は、冬休みに地元に帰省するときだった。  帰省のピーク時を嫌がって、試験終了直後に大学に通うためのアパートから出立して、新幹線に乗り、地元のローカル線の特急電車に夜遅くに乗り換えた。  二両編成の最終電車だった。  外には雪が降っていた。  その雪の所為か、それとも運転手が操作ミスをしたのか、理由はわからない。  けど、事故が起きた。  列車が線路から外れて横転したんだ。  俺は、横転の衝撃で破れた窓から投げ出され、そして――  ――気づいたら、ノネッテ国の王子、ミリモス・ノネッテとして目覚めた。  この時の年齢は五歳。  列車事故で途切れるまでの前世の記憶だけでなく、ここまでミリモスとして育った記憶も、ちゃんと持っていた。  少し混乱はあったが現実は変えられないので、まあそんなこともあるだろうと納得して、新たな生活を始めた。  一国の王子とはいえ、国は山間にできた弱小国だし、俺は七人の兄姉がいる末弟だ。  両親から愛されてはいたが、王に育て上げる教育――帝王学のようなものは教わらなかった。  むしろ、兄姉の誰かが王となったときに、臣下として支えるための教育を施される。  軍人を目指せるようにと剣を振らされ、商人や役人になれるようにと算術を教わり、職人と知己を得られるようにと工房巡りをさせられる。  そんな中で、俺がのめり込んだのは、前世にはなく今世にはあった【魔法】だった。  この世界の殆どの人が、簡単な魔法を使える。  もちろん俺にも、魔法を使う素養があった。  練習の果てに、初めて指先に火を灯せたとき、もの凄い感動に包まれた。  そしてその感動の衝撃を忘れられず、暇があれば魔法ばっかり勉強していった。  魔法の練習は順調に進んでいった。  子供が使うには難しい魔法も、実行できるようになった。  前世の知識による精神の成熟の手伝いはあったが、度重なる練習と数多くの失敗、そして娯楽が少ないので暇つぶしの果てに得た成果だ。  ラノベにありがちな、前世で得た科学知識など、魔法を習得する役には立たなかったしな。  恐らく、この世界と前世は違う摂理で動いているんだろうと予測している。  兎も角。  俺は魔法に関してだけは、神童と呼ばれる存在になった。  なって褒められたりしたが、褒めちぎられたりはしなかった。  いまから思えば、上には上があると知っていたからだろう。  その上の存在とは、魔導帝国マジストリ=プルンブルの帝国民。  ノネッテ国を始めとした小国が持つ魔法技術なんて、帝国が抱えている技術の足元にも及ばない。  ノネッテ国で神童と呼ばれようと、帝国では少し出来が良い程度に落ち着いてしまうと、誰もが知っていたらしい。  だからこそ、俺の父であり王のチョレックスは、十歳に成長した俺に―― 「魔法の腕は十分に上がったのだから、次はその熱意を剣技に向けてくれ」  ――なんて要望をしてきた。  ノネッテ国は山間の小国だ。  魔法がある世界だけあって、山には野生動物だけでなく魔物も出る。  そして魔物を討伐する役目は、魔法使いではなく、戦士が行うものとされていた。  この世界の魔法は、生き物を一撃で倒すような魔法は単語一つでは発動できない――少なくともノネッテ国で知られている魔法では。  そのため、必然的に傭兵や兵士などの戦士が同行することになる。  だが弱い魔物なら、戦士が剣や槍で倒してしまえる。  もちろん強敵の魔物を相手にするときは、魔法使いが必須だ。魔法の一撃がなければ、止めを刺しきれない魔物も多くいるし、武器だけで戦うと被害者が多く出てしまう。  しかし強敵など、そうそう人里には出てこない。  人々の悩みは主に弱い魔物の被害だ。  すると、どうしても「魔法使いは居なくいいんじゃない?」という評価になってくる。  大物を狩れるほどの魔法使いの数の少なさも、この評価に拍車をかけた。  結果、武器を手に戦う戦士こそが、人々の生活を守っていると誤解が広がってしまっている。  その誤解は、国の状況を深く知るはずの王様であるはずの父――チョレックスも同じだったらしい。  半ば強制的に、俺は魔法を学ぶ時間を減らされ、その分を剣や槍の訓練に当てられることになった。  日々行われる、シゴキのような訓練。  十歳を超えたばかりの少年にやらせる難度じゃないという、俺の真っ当な意見は却下されてしまう。  そんな日常の中で、俺は酷使されてボロボロの体を抱えて、どうにかできないかと頭を捻った。  まず考えたのは、魔法による体の強化、ないしは体の修復だった。  魔法は色々なことができるんだし、前世で読んだファンタジーな物語では定番の方法だしな。  しかしだ。この世界の魔法は、体の外に影響を与える術の形態しかなかった。つまり、筋肉を強化したりや筋肉痛を癒したりは出来ないようだった。  俺は、この常識は疑うべきだと考えて、一年かけて魔法を肉体に掛けられないかと試行錯誤する。  だが、無理だった。  後で知ったことだけど、魔法技術の頂点である魔導帝国マジストリ=プルンブルでも、魔法で肉体強化は不可能だと判断しているぐらいだ。俺が一年ほど考えるだけで、生み出せるはずがなかったわけである。  だが、魔法で肉体を強化しようという試みは、無駄にはならなかった。  魔法を使うための【魔力】を、直接筋肉に流し込もうとしたときだ。魔力が筋肉に弾かれる感触があった。  なにに弾かれたのか不思議に思い、瞑想の真似事をしながら、再び同じことをしてみた。  すると、筋肉が自体が生み出す温かさのようなものが、魔力を弾いていることに気付く。  よくよく観察してみると、この暖かさが薄い場所を、魔力は縫うようにして通っていた。この決まったルートを魔力が通る状況が、魔力が血液のように感じる原因だったと気づいた。  では、筋肉自体が持つ、魔力を弾く力は何か。  この時点の俺は、それが何かわからなかったので、便宜的に【気功】であると定義した。  なぜかというと、この力を活性化させると、筋肉が生み出す膂力が増えて怪我の治りが早くなった。この現象が、前世で見聞きした気功のようだと思ったのだ。  こうして気功(仮)を身に着けた俺は、その力を使って訓練を行うようになった。  始めは、運動しながら気功をすることが難しかったが、日にちをかけて練習すれば出来るようになった。  そして気功を使うのに慣れたところで、剣技や槍術に応用できるように訓練をする。  試合で過不足なく気功を操れるようになると、十一歳の身の上なのに、大人を力と技量で圧倒できるようになった。  まあ、国一番の猛者である、親衛隊長コミタ・トゥアには勝ち星を拾えなかったけどね。  そんな日常を過ごしていたところ、十二歳の誕生日までもう少しと言うところで、父のチョレックス王に謁見の間に呼び出された。  魔法の勉強は独自でやっているが、剣や槍の訓練は続けて成果も出している。  呼び出しの理由が分からず、今世で習った礼儀作法の通りの身動きをしながら、父に用向きを尋ねてみることにした。 「父上。お呼びとのことですが、僕がなにか不評を買う真似を行ったのでしょうか?」  心底不思議に思いながら尋ねると、父に頭を抱えられてしまった。 「ミリモスよ。其方は我が言いつけを守り、戦士としての訓練に励んでおる。そのことを褒めはすれど、悪く思うことはせんよ」  謁見の間での会話だからか、父は王様らしい口調でそう教えてくれた。  ではなぜ呼ばれたのだろうと小首を傾げていると、苦笑いを向けられてしまった。 「其方、訓練のときに【神聖術】を使っておるだろ?」 「神聖術ですか。初めて聞く言葉です。その神聖術というものが、訓練で使っているこの力のことであれば、その通りですが」  俺は分かりやすい様にと、全力で気功を使った。  全力だと一分もすると疲れてしまうけど、鈍い人でもわかるほどの不可視の圧力が全方位に振りまくことができる。  実際に、玉座にいる父も圧力を感じて、少し仰け反っていた。 「……それが神聖術だ。しかし術の名前を知らぬとは、もしや誰にも習わぬままに、その力を学んだというのか?」 「はい。魔法を使っていたときに偶然に見つけ、それ以降、自主的に練習してました」  正直に答えたのだが、父が頭を抱える具合が深くなった。 「なににせよ、神聖術を使えることは分かった。そして其方を呼び寄せた用件であるが――」  父は言い難そうにしながらも、言わなければいけないという苦悩に満ちた顔をしていた。 「――各所からの推挙により、其方を国軍元帥位に就けることにした」 「……王命、承りたく思いますが、元帥は軍の頂点ということですよね? 十二歳になろうという子供である、僕がですか?」  俺としては真っ当な疑問だと思ったのだが、父は苦笑いで諭すように言ってくる。 「その十二歳の子供が、魔物を倒せる魔法を使え、神聖術で並の戦士を打倒できる力を持っておるのだぞ。そして、その子供はある国の末の王子だ。若年であろうと、その将来性を考えれば、軍の上に就けるのに十二分の資格があると思わんか?」  教えられてみると、確かにその通りだった。  ノネッテ国は小さな国だ。人が少ないため、才能のある人が生まれる確率も低い。  その中で、戦士として有能になりそうな力を見せた王子を、遊ばせておく余裕はない。  むしろ王子を軍の上に置くことができるのなら、軍の舵取りを王家主導で行うことも夢じゃない。  さらに付け加えるなら、俺が若くして国家と王家に仕える軍人に就くことで、俺が王になる選択肢は消えたと知らしめることができ、王としての教育を受けている兄姉たちの心の安らぎに繋がるわけだ。 「つまり僕は、ある種の飾りとして、軍の元帥になるわけですね」 「……いまは、その認識で構わん。早速ここで、王命の指令書と元帥位を示す勲章を渡すことにしよう」  父が手を振ると、控えていた宰相――俺の叔父であるアヴコロ公爵が、丸められた紙と金色のバッチが乗った台を手に近づいてきた。 「ミリモス。元帥就任、おめでとう。まあ、幼い元帥だからね。守役に軍部の上から下まで知るアレクテムを就けるから、了承しておいておくれ」 「わかりました。僕は、お飾りの元帥ですから!」  少年らしく元気よく頷いてみせる。  すると父も叔父はお互いに顔を見合わせて、揃って肩をすくませた。  その仕草に疑問はあったけど、とにかく俺は、ノネッテ国と言う小国の――小国だからこその、最年少元帥となったのだった。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!