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二話 死体漁り
そんな回想をしている間に、魔導帝国マジストリ=プルンブルと神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの戦いは、混戦模様となっていた。
魔導帝国側は、方陣が機能しなくなったところで、魔法の武器を持つ者を主軸にした小隊に分かれて、敵兵を一人ずつ倒す戦法にシフトしている。大きな杖で派手な魔法を放っていた人たちも小隊に参加していて、行き先を指示している。どうやら鳥の魔導機を使って周囲を偵察して、敵がいる方向を把握しているみたいだ。
神聖騎士国の方は、馬に乗った騎士がそれぞれ単騎駆けで、戦場を蹂躙して回っている。徒歩の兵士たちも、なるべくまとまって隊伍を組んで戦っているようだ。
戦況を見守っていると、アレクテムが俺の肩を叩いてきた。
「そろそろ戦いが終わるので、宿をでますぞ」
「えっ。まだまだ続きそうだけど?」
「混戦状態になってからはすぐに、両者が撤退の合図を出すんじゃ。それがここ十数年間の習わしよ」
俺の兄姉に戦場を見せるために、何度となく魔導帝国と神聖騎士国の戦場を体験してきたというアレクテムの言葉だ、嘘じゃないだろう。
「わかった。移動しよう」
俺は荷物の中から、畳まれた空の背嚢を取り出して背負う。
意気込む俺の姿を見てか、アレクテムが渋い顔をする。
「いまらさじゃが、本当に行くのかの? 戦いは終われど、戦場はかなり危険なものじゃぞ」
「危険なのは承知の上だよ。その危険を冒さないと、帝国や騎士国の技術は手に入らないんだから仕方がないよね」
俺が布を巻きつけて隠そうとしている水晶――これも魔導帝国の魔導機を解析して出来ている――を掲げて示すと、アレクテムが肩をすくめる。
「ミリモス様が行くことはありますまい。爺一人で行けば足りる話でしょう」
心配して言ってくれているのはわかるが、戦場に出て両軍が捨てた武器を回収することは、俺が提案したことなのだから責任を果たさなければいけない。
「お爺ちゃんは、鳥の目が使えないでしょ。どこにモノがあるかわからずに戦場を進むほうが危険でしょ。それに、俺には自衛できる力があるって知っているでしょ」
「……そうじゃな。よし、ならばチャチャと行って、すぐに帰ってくるぞい」
アレクテムがようやく腰を上げてくれたところで、俺たちは宿を出立することにした。
俺たちは町を出て、戦場へと向かう。
道行きの中で、俺は布を巻いた水晶を取り出す。そして布を少しだけ解いて、水晶を覗き込む。
こうすれば壁に移さなくても、上空を飛んでいる木製の鳥の視界を覗き見ることができる。
「両軍とも、陣形を整えているようだね。なんだかもう一当てしそうな感じだけど」
「心配せずともよいですぞ。一度隊列を整えた後は、お互いへ向けて戦いを締める言葉を掛け合うだけですからな」
「おっと、本当だ。戦いを始める前みたいに、代表者が前に出て、なにかを叫んでいるみたいだ」
アレクテムの予想が正しかったので、俺は木製の鳥を魔法で操って、両軍が睨み合っている場所から離れたところで倒れている死体を探し始めることにした。
広く平原が続いてはいるものの、森もまばらに存在している。
点在する森の一つに、戦いが起こった跡を見つけた。
俺はアレクテムに手招きして、地図を出させる。
アレクテムがこの戦場の地理を自分で書いたという手製の地図は、正直あまり上手には描けてはいない。しかし、大まかな場所を指し示すのには十分だ。
「この森のここで、戦いがあったみたいだ。隠れて武器を回収するんなら、ここが一番やりやすそうだ」
「ふむっ。両方の軍とも離れておりますな。良いでしょう。ここに向かいますぞ。ですが、鳥の目の警戒は続けて下され」
「了解。上空高くを旋回させて地上を見させておくよ」
行く先が決まり、俺たちは足早に進んでいく。
少し距離があるが、俺は若いし神聖術があるので体力的な問題はない。
アレクテムは老境ど真ん中なので大丈夫かと心配していたけど、元帥の守役に選ばれただけあり、まだまだ現役の軍人として働ける体力があるようだ。
二人して森に入り、木々の間に死体がないか探していく。
魔法で焼けて燻る幹や、斬り倒された生木が散在しているので、ここで戦いが起こっていたことは間違いないようだ。
ガサガサと草を掻き分けて進んでいると、ついに発見した。
激しい戦いがあったであろう痕と、いくつかの死体だ。
「……初めてだと、衝撃が強いな」
俺は、前世で戦争映画やインターネットなどで、戦場の死体を見る機会はあった。
しかし、実際に目の当たりにしたのは、これが最初だ。
それに加えて、戦場にある死体なため、激しく損傷している。
斬られて飛び出た腸があったり、苦しそうに歪んだ顔があったり、別の死体に縋りつくように死んでいるものもあった。
生々しい人死の光景に、俺は動けなくなる。
その金縛りを解いたのは、アレクテムだ。
「止まっている場合ではないですぞ。この死体たちから、装備を引きはがしませんとな。難しいようならば、爺がやりますぞ?」
「わ、わかってるよ。やるよ、自分でやる」
言い出しっぺは自分だ。ここでアレクテムに任せては、責任放棄も同然だ。
俺は下腹に力を入れなおして、一歩前へ足を踏み出す。
そして歩き出した勢いに乗せて、死体から装備品を回収していく。硬く握っている手指を引きはがし、さらに零れ出る内臓をなるべく見ないようにしながらだ。
「……ここで死んでいるのは、帝国側だけみたいだな」
滅入りそうな気持ちを紛れさせるために、言葉を口から吐きだしながら作業を続ける。
十体はありそうな死体から拾い上げた装備品は、魔法の武器と防具に杖ばかり。
騎士国の兵士や騎士のような全身甲冑の存在はない。
しかし帝国兵士の致命傷は、全て剣による傷だ。
この場所に騎士国の兵士ないしは騎士が居たことは間違いない。
戦利品を背嚢に入れつつ、さらに周囲を探す。
すると、先ほどの死体と違い、全身甲冑が現れた。
俺が近づこうとすると、アレクテムに止められる。
「帝国側の死体は粗末に扱っても良いですが、騎士国の死体は丁寧に扱う必要があるのですぞ。粗末に扱っている場を騎士国に見られていたら、地の果てまで追いかけられますぞ」
ゾッとする話に、俺は真剣な顔になる。
「礼儀に則って供養しなければいけないわけか。具体的にはどうするわけ?」
「騎士ならばマントを背中から剥がし、そのマントを仰向けにした遺体にかける。そしてマントが飛ばぬように、剣を上に乗せるのです」
アレクテムの言葉を聞きながら死体を見るが、マントを着てはいなかった。
「マントがないようだけど?」
「マントがないのならば、死体は兵士という証じゃな。供養の仕方は、仰向けにし、脱がせた兜を両手で持たせるのですぞ」
言われた通りに死体を処置し、ついでに両手を合わせて『南無南無』と心の中で唱えておく。
「さて、死体の供養が終わったわけだけど。死体を辱めるのがダメなら、装備品は持っていけないわけだ」
「そうでもありませんぞ。身に帯びている短剣や革袋は、供養をした者が持って行ってよいことになっておるのです」
アレクテムがさっと死体から取ったのは、一つの革袋。
こちらに渡してきたので、受け取り、中身を検める。銀貨と銅貨が入っていた。
供養の代金として、ありがたく受け取っておくことにする。
「じゃあ、他にも死体がないか探さないと」
「お待ちを。騎士国側の死体を見つけた場合、狼煙を上げることになっておるのです。ですので――」
アレクテムが講義してくれているが、俺はその発言を途中で止めさせた。
「しっ。人の声が聞こえる――泣き声のようだ」
静かにすると、アレクテムも聞こえたようだ。
「幼い声が、あちらからですな。行きますぞ」
二人して息を殺しながら、声がする方向へ足早に移動することにした。
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