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三話 森の中の出会い
声がする方へ近づいていくと、新たな帝国兵の死体が現れ始めた。
どの死体も、見事なまでに一刀両断。
鎧どころか、受け止めようとした剣や盾すら、滑らかな断面で斬られている。
これほどの攻撃ができる人物が、森の中で泣くことなんてあり得るのだろうか。
疑問が募るが、泣き声は続いている。
俺たちは、より慎重になりながら、足を進めていく。
やがて見えてきたのは、少し森が開けている場所。
そこには三十を超す帝国兵の死体が転がっていて、大きな木を背中に立つマント付きの全身甲冑の姿があった。
さらに近づいて確かめてみると、甲冑には何本もの剣や槍が突き立てられていた。あれでは生きているはずがない。
しかし泣き声は、死体に見える全身甲冑の場所から聞こえてきていた。
「どういうこと?」
「わかりませぬが、騎士国の騎士を見つけたからには、生きていようと死んでいようと、世話をせぬわけにはいきませんぞ」
状況が不明だからかアレクテムが率先して先に進み、立ち往生している騎士に近づく。
その途中で、俺へ近づくなと身振りしてきた。
アレクテムは護身用の短剣を抜くと、立ち往生の騎士のマントを掴んで力任せに引き倒す。
先ほど騎士国の死体を粗末に扱うなと言った本人の蛮行に驚いていると、聞こえてきていた泣き声がさらに大きくなっていることに気付いた。
「ひいぃやああああああ! 来ないで、来ないで!!」
泣き声だけじゃなく、怯える声まで聞こえてきた。
状況が飲み込めない俺とは違い、アレクテムは困った顔をして、樹から一歩二歩と離れていく。そして俺を手招きしてくる。
「どうしたの?」
近づきながら質問すると、アレクテムは視線で樹を見るようにと示してくる。
不思議に思いながら顔を向けると、樹の真ん中に洞があった。
そしてその中には、体育座りの格好で短剣を持つ、いまの俺と同年代ぐらいの少女が入っていた。
全身甲冑を着られるほど体力がないのか、肩当てと胸当ての白銀の鎧を着ている。その下はボリュームがあるスカートのドレス――いわゆるドレスアーマーという格好だ。
目鼻の顔立ちはしっかりしているけど、瞳が大きいタレ目系なので、全体的に優しげな印象。それこそ、戦場にいるのが不思議に見えるほど。髪は長そうだが、動きやすい様に後ろで一括りにまとめられている。今世でも初めて見る明るいピンク色の髪が、実にファンタジーだ。
こうして俺がじっくりと観察しているように、少女の方もこちらを見てくる。
すると少女は洞の中にいながら、切羽詰まった様子で短剣を震わせながら向けてきた。
「わ、私は、神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの王、テレトゥトス・エレジアマニャ・ムドウの次女! パルベラ・エレジアマニャ・ムドウ! は、辱めを受けるぐらいなら、戦って果てるが本望! さ、さあ、いざ、勝負ぅ、うぅぅぅぅ……」
教わったであろう口上を気丈に言い放とうとしていたが、途中で耐え切れなくなったのか、再び泣き出してしまった。
俺は困って頭を掻きながら、老人で男のアレクテムより同年代に見える俺の方が心を許してくれるだろうと打算をつけて、声をかけることにした。
「あのー、騎士国の姫様。俺たちは、帝国の民じゃないんですよー」
なるべく優しい口調で呼びかけると、パルベラ姫は泣きながら疑いの目を向けてくる。
「ぐすっ。帝国の民でないのでしたら、どうしてこんな場所にいるのですか」
「えーっと、出稼ぎなんですよ。帝国の武器を拾い集めて、帝国の陣地に持っていくと、お金がもらえるんです」
これは本当のこと。
俺たちがとった宿と同じ町に宿泊した連中は、そのお金目当てでやってきている連中が大半なのだ。
俺が背負った背嚢を斜めに向けて、帝国の武器が入っている様子を見せると、パルベラ姫は納得してくれたようだった。
「そ、そうですか。帝国の兵ではないのですね。安心しました」
パルベラ姫は木の洞から顔を出し、周囲を見回す。村人の格好の俺たちの他には生きている人間がいないと知ると、恐る恐る外へと出てくる。
そして、洞を隠すように立ち往生していた騎士に縋りついた。
「ううぅ、爺や、爺やあああぁぁぁ……」
少女が上げるにしてはあまりに強い慟哭から、死んだ騎士がよほど親しい人だったのだろうことがわかる。
どう慰めたらいいか俺が迷っていると、アレクテムがスッと進み出て、パルベラ姫の前に屈んだ。
「姫様や。ちゃんとお別れをして、そして供養をしてやらんと、この御仁が冥府で迷うことになりますぞ」
「ううぅぅ、わかってます。わかってますうぅぅぅ……」
パルベラ姫はわんわんと泣きながらも、騎士の遺体に縋りつくのを止めた。
しかし心細いようで、迷子のように左右に顔を向け、俺を見つけると近づいてくる。
「え、ええっ。うわっと!?」
困惑する俺を他所に、パルベラ姫は胸に飛び込んできて、こちらの服を掴みながら顔を押し付けてくる。
どうしたものかと迷いながら、少年が泣いている少女にやるに相応しい動作――つまり泣く女の子の頭を撫でることにした。
俺がぐすぐすと泣く女の子の声を間近で聞いている間に、アレクテムは手早く騎士の姿を整えていく。
まずは刺さった武器を抜いていく。そして騎士の遺体を仰向けに寝かせ、剥がしたマントをかける。そして騎士が死んでも握ったままだった剣を、その胸の上に置いた。
そうして供養の姿が整ったところで、アレクテムはパルベラ姫を呼んだ。
「姫様。どうぞこちらへ。死してなお御身を守り、騎士の本懐を遂げた彼に、最後のお別れを言って下され」
「う、うん――ありがとうね」
パルベラ姫は、俺の胸元に手を当てて礼を言うと、寝かされた騎士の遺体の側に進んで座った。
また縋りつくのかと思いきや、表情は悲しみに満ちていたが、涙を堪えられるぐらいには気持ちが持ち直したようだった。
俺が安堵していると、アレクテムが横に来た。
「『ミモ』や。ここはワシに任せて、周囲にあった死体から武器を集めてきなさい」
ここであえて偽名を告げた意味を、俺は正しく理解した。
「わかった。狼煙を上げて、騎士国の人を呼ぶんだね。じゃあ俺は、姫様にお別れを言ってから、武器の回収に行くとするよ」
「うむ、任せたぞ。ワシは来なさった方々へ、状況の説明せねばならぬからの」
俺はアレクテムに頷くと、パルベラ姫に近寄った。
「姫様。俺、仕事があるから、ここから離れるね」
俺が去ろうすると、パルベラ姫に呼び止められた。
「お待ちください。あのその、これは、爺やを供養してくれたお礼です。お納めください」
差し出されたのは、出会った最初に俺に向けていた短剣と、パルベラ姫が腰に下げていた革袋。
アレクテムに確認すると、受け取れと頷かれた。
「ありがたく頂くよ。じゃあね、姫様」
「はい。先ほどは何も言わずに慰めてくださって、ありがとうございました。またお会いできる日を、楽しみにしております」
俺は笑顔で頷くが、内心ではそんな日は来ないだろうと思った。
なにせパルベラ姫は二大大国のお姫様で、俺は王子とはいえしがない小国の末弟だ。重なる道があるはずがない。
そんな心の声を顔には出さないようにしながら、俺はパルベラ姫とアレクテムから離れて、森の中に戻っていく。
立ち往生した騎士が倒したと思われる帝国兵から、装備を剥ぎ取るために。
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