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閑話 守役は一人語る
ミリモス様が森の木々の先に消えたところで、ワシは焚火を作り、生木の枝を折って葉っぱごと火の中に突っ込む。
もうもうと灰色の煙が上がり、森の切れ目から天へと向けて棚引いていく。
その様子を見守ってから、ワシはパルベラ姫に微笑みかける。
「狼煙を上げましたからの。すぐにお迎えの騎士がやってくるはずですぞ」
「ありがとうございます。本来なら、私がやらなければいけないことですのに」
「いやいや。若者を手助けすることが、老骨の役目。この程度の仕事で、骨身を惜しんではおれはしませんぞ」
ワシの言葉に、パルベラ姫は寂しさが混じった笑顔を浮かべる。
「この爺やも、同じようなことを言っていました。神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの姫と生まれた私の道行きを守り進むことが、自らの使命だと。王室の慣習に従っての今日の初陣も、こうして付いて来てくれたうえに、身を挺して私を守ってくれて……」
もう動くことのない騎士の腕にそっと触れて、パルベラ姫は悲しそうに言う。
ワシも、役職は違えど立場が同じであろう騎士の最後に、少し感じ入るものがあった。
そうして二人してしんみりとしておると、にわかに森の中が慌ただしくなってきおった。
この音の元は、帝国の兵ではあるまい。騒がしく森の中を進んで、連中に良いことなどない。
となると、騎士国の兵士ないしは騎士であろう。
戦場に姫様が取り残されているのだから、その回収に早く来たいはずじゃしな。
ワシは少し騎士の亡骸とパルベラ姫はから距離をとり、地面に座ることにする。
休憩をとっているように見えるように、パルベラ姫から離れておくことで害意がないことを示すためじゃ。
それからほどなくして、白馬に乗った騎士が現れた。
全身甲冑で身をかため、体から神聖術の輝きを放つ、その御仁。狼煙を見た後、戦死した騎士とパルベラ姫を発見したようじゃ。
「パルベラ姫! ご無事でしたか!」
下馬して近づいてくる騎士は顔馴染みじゃったのじゃろう、パルベラ姫の顔に明るさが生まれる。
「ファミリス! 助けに来てくれたのですね!」
「姫の窮地とあれば、このファミリス! 冥府の底にでも参上仕る覚悟でございますれば!」
騎士の礼で跪く、騎士ファミリス。
兜に顔が覆われていて声が籠っているので気付くのが遅れたが、どうやら女性のようじゃ。
こちらが観察していることを、騎士ファミリスも分かったようで、兜の隙間からこちらを見てきた。
「姫。こちらは?」
「爺やの供養を手伝ってくださったうえ、狼煙も焚いてくださった方です」
「葬送の儀を、帝国の者がですか?」
「帝国の民ではないそうですよ。他国から出稼ぎにきたのだそうです。帝国の武器を拾って持っていくと、お金を頂けるそうですよ」
素直に喋るパルベラ姫に、ワシは内心で焦った。
姫が語った内容は、神聖騎士国の側から見れば、利敵行為に通じるものじゃ。
どう弁明するかと頭を悩ませつつ、表情と言葉には出さないまま、村人に見える動作で頭を下げる。
すると騎士ファミリスは、腰に吊っていた革袋を外すと、ワシの膝先へと投げ寄こしてきた。
「それをくれてやる。死体漁りなどと卑しい真似はせずに、国に帰るといい」
「……ありがたく、お受けいたしますじゃ」
革袋を両手で拾い、掲げながら礼を言う。
しかしここで、パルベラ姫が異議を挟んできた。
「ファミリス。爺やの供養を手伝ってくれた方にその態度は、あんまりじゃありませんか?」
「姫。ここは戦場ですよ。優しい顔をして不意を打ってくるような輩が多くいる場所です。不用意に近づかないようにするのは当然の行為です」
「でも――」
言い募ろうとするパルベラ姫を、ワシは止める。下手にこちらに肩入れされると、騎士ファミリスの疑いが濃くなってしまうからの。
「いや、姫様。こちらを頂けただけで、十分ですじゃ。ああ、伝え忘れておりましたが、少し離れた場所に貴国の兵士の御遺体もございましたぞ」
話題を変えるために死体の話を持ち出すと、騎士ファミリスから困ったような声が出てきた。
「うむむっ。我が愛馬は、鎧を着た人を三人支えるほどの脚力を誇る。だが四人となると……」
兵士の遺体を回収したいが、積載量の関係で出来ないということじゃろうな。
「それでしたら、兵士の御遺体がある場所に、新たな狼煙を上げましょう。騎士様は、姫様とそちらの御遺体と共に、先にお帰りになった方がよろしいかと。帝国の武器を回収にくる人は、ワシだけではありませんので」
「そうか! そうしてくれると助かる!」
騎士ファミリスは兜の内側で破顔しているとわかる声を出す。
そして騎士の遺体を馬具の荷物をくくる場所に乗せ、パルベラ姫をひょいっと抱え上げた状態で馬上の人となった。
「ではな、ご老人! 貴公の善行に、天上から幸せの手が差し伸べられますように!」
神聖騎士国での定番の別れの挨拶を残して、騎士ファミリスとパルベラ姫は去っていく。
パルベラ姫はなにか言いたそうにしておったが、もの凄い速さで駆けていく馬が揺れるため、舌を噛まぬように口をギュッと引き締めておったな。
さてさて、神聖騎士国の姫様などという特大の厄介事は片付いた。やれやれじゃな。
渡された革袋を手に地面から腰を上げると、不意に下草が揺れる音と人の声がした。
「あの姫様は、無事に帰ることができたみたいだね」
その声は、ミリモス様じゃった。驚いて見れば、帝国兵の死体から奪ってきたらしき弓矢を持っておった。恐らく、騎士ファミリスが愚かな真似をしたら、矢で射る気じゃったんじゃろう。
「ミリモス様。年老いた者を驚かせんでください。気配が全くしませんでしたぞ」
「つい先日発見した神聖術の一つで、気配を隠す技だよ。体が発する神聖の力を出来るだけ小さくしていくと、気配を植物並にできるんだ」
こんな風になどと言うミリモス様の姿が、ワシには風景に溶け込んでしまったように錯覚してしまう。
いまは確りと視界の中央に収めておるから良いが、視界の端に一瞬写り込んだ程度では、人とは判別できずに風景の一つだと誤認してしまうことじゃろうな。
こうして非凡さを目の当たりにすると、まさにミリモス様は天才であると納得してしまう。
惜しむべきは、末の王子という身分と、その才能が魔法と神聖術という戦闘方面だけに振り切れておることじゃろう。
発揮される才能が政治や算術の方面であれば、次の王にという声も出てくるのじゃろうが――いや、考えても詮無いことじゃな。
ミリモス様自身、魔法や神聖術を極めたいと学びこそすれ、王になりたいという欲がないのじゃからな。
その欲のなさを見極めたからこそ、我が王も軍務の頂点である元帥位に、ミリモス様を据えたのじゃし。
ワシは一呼吸おいて気分を入れ替え、演技に戻ることにした。
「さて、ミモや。帝国兵の装備を集めがてら、神聖騎士国の兵士の死体の側で狼煙を上げるぞ」
「わかったよ、お爺ちゃん。狼煙を上げたら、すぐに森から撤退だね。その後はどうしよう?」
「装備は沢山あっても邪魔じゃからな。状態が良いものだけを選別して、残りは帝国へ返してやるとしよう」
「お金は、あって損する者じゃないからね。でも、俺たちが武器を持ち逃げしようとしている姿を見られるわけにはいかないよね」
「じゃからミモは、一足先に帰り路を進んでおいておくれ。旅の食料を買い込んだら、追いかけるからの」
「帰りは、事前に話しておいた、遠回りの道でいいんだよね?」
「そうじゃな。来た時に使った道は、ワシらの敵国を通ってきたからの。あの国は帝国と繋がっておるから、帝国の装備を持っていると見咎められる懸念がある」
「わかった。それじゃあ、ちゃっちゃと集めちゃおう。さっき水晶を覗いたら、他の装備拾いの人たちも活動を始めちゃっているんだ。早く狼煙を上げておかないと、あの騎士国の兵士の遺体が荒らされちゃうかもしれないしね」
齢十二歳とは思えない聡明さで、ミリモス様はこちらの意を汲むだけでなく、自分の意見まで言ってくる。
いやはや、末恐ろしいお方じゃと苦笑いし、ワシはミリモス様と共に帝国兵の装備の剥ぎ取りを行うことにしたのじゃった。
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