四話 帰り道

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四話 帰り道

 状態の良い帝国兵の装備一式が手に入ったので、俺はそれらを背負った状態で、町に戻らずに、自分の国に戻る道を一人進んでいた。  帝国の装備を持っているとわかると見咎められてしまうので、布や焚き木などを使ってカモフラージュしてある。  ここでさらに気配を消す神聖術を使えば、道の上ですれ違う人たちが俺に注目することはない。  この気配を消す技には、実は一つ問題があった。というか、歩いている道すがらで発見した。  神聖術の『力』とは、前世で言う活力とか気功のようなものだ。  その力を小さくするということは、その分だけ筋力の負担が増えるということでもあった。  そんな問題を発見しながらも、いい技術を見つけたなと、浮かれながら道を歩く。  十歳から剣技の修行として、ノネッテ国の山中でサバイバル訓練もしていたので、力が弱くなっても整備された道に沿って歩く一人旅など楽なものだ。  気ままに半日ほど歩いていると、感じ慣れた気配を背後から受けた。  振り向けば、額に汗を浮かばせながら小走りで来る、アレクテムが見えた。  俺は神聖術を解き、大手を振って存在を知らせる。  アレクテムも俺を見つけたようで、安堵の表情になりながら、歩く速度に変えて近づいてきた。 「ミモや。待たせたの」 「いや。一人旅も楽しかったよ。それで、成果はどれぐらいだった?」 「集めた装備の量が多かったらしくての、旅の食料を買っても、金貨が残ったぐらいじゃ」 「騎士国の兵士と騎士、そして姫様からもらった革袋にあったお金もあるから、大儲けしたね」  俺が上機嫌で言うと、アレクテムが声を潜めてきた。 「ミリモス様。パルベラ姫から頂いた短剣は、どこに仕舞われておりますか?」 「それなら、ここにあるよ?」  俺が腰元を叩いて存在を示すと、アレクテムがしかめっ面になった。 「そんな、みすぼらしい見た目でしたかの?」 「元は立派な見た目をしていたよ。けど、旅の中で変な人に目を付けられないようにって、ボロ布を巻いて隠したんだ」  いい考えだろうと胸を張ると、アレクテムが頭痛を堪える仕草をする。 「ミリモス様は仮にも王子でしょう。王家の者が身に着ける物品には、その王家の紋章があると知っておるでしょうに」 「知っているけど、それがどうかした?」  意味が分からずに聞き返すと、アレクテムは頭を抱えて見せてくる。 「王家の紋章とは、その国の威信の形ですぞ。それをボロ布で覆い隠すなど、王の顔に雑巾を叩きつけるも同じ行為ですぞ」 「へー。それは知らなかった。まあ、ここは帝国領内だし、この短剣の状態を騎士国の人が見ることはないでしょ。旅が終わったら、布を外すことにするよ」  俺が要らない心配だと笑うと、アレクテムはなぜか視線を空に向け始めた。 「……ミリモス様の考えは、凡人のワシには難しい」  アレクテムの独り言が聞こえたが、気にするほどのことでもなさそうだ。  そもそも他人の考えを本当に理解することなんて、誰であっても無理なんだから。 「短剣のことは置いておいて、さっさと帰ろう。元帥とその守役がいつまでも留守じゃ、国の面子が保てないからね」 「そうですな。遠回りすることになるのじゃから、少しでも早めに進んだ方が良いでしょうな」  アレクテムの声は諦めに満ちているのが気になったけど、俺は構うことなく道を進むことにした。  さあ、国に帰るための旅の始まりだ。  俺とアレクテムは帝国領内を進んで旅をつづけた。  帝国領から俺の国に戻るには、二つのルートがある。  一つは、帝国に接する小国――メンダシウム国の中を通る道。  メンダシウム国は、俺の生国であるノネッテ国の隣国なので、旅程が短く済むルートだ。  実際、俺たちが帝国に行くのに使ったのは、この道だ。  しかし問題が一つ。  メンダシウム国はノネッテ国を敵国認定していて、帝国と騎士国ほどの頻度じゃないけど、度々戦争を仕掛けてくる厄介な存在だ。  なんでも、ノネッテ国が持つ鉱床が欲しいらしく、俺が生まれてからも一度攻め入ってきたことがあった。  そして感じでメンダシウム国は帝国と仲が良い――というか、帝国と隣接している国は全て帝国の植民地のような状態らしい。  そのため、ノネッテの敵国である帝国の属国で、俺たちが帝国の装備を持って歩いていると知られようものなら、あっという間に袋叩きにされて丸裸にされてしまうことだろう。  行き道で俺たちが無事に通れたのだって、金目のものを持ってなかったからだ。持っていたら、襲われて奪われていたことだろうしね。  というわけで、大事なものを抱えている旅には、このルートは使えないわけだ。  もう一つのルートは、帝国に接する国と国の間を縫うルートだ。  前世の世界と違って、この世界の国の国境線はかなり曖昧だ。  国と国の間に緩衝地帯を設けていることが、国境線があやふやな理由なのだけどね。  その曖昧な地域を通っていけば、誰に見咎めることなく、俺たちはノネッテ国に戻ることができる。  もっとも、このルートにも問題がある。  国の支配があやふやな地域だからこそ、治安に関わる人員が入れないため、とても治安が悪い。  この地域に点在する村のいくつかでは、住民が全て盗賊であることすらあるというのだから、折り紙付きの無法地帯だ。  通路の整備などもされていないので、旅の最中に野生動物や魔物が出くわすこともザラらしい。  以上のことから、こちらの道行きも、とても危ない。  しかしメンダシウム国を通るルートと違い、利点があった。  俺たちがこの地域でどれだけ大暴れしようと、帝国には情報が伝わらないという点だ。  無法者の言うことを帝国が信じるはずがないし、余計な報告をしようものなら、情報を確かめるという名目で帝国兵が侵入してくる恐れがある。入ってきた兵士を、誰かが獲物と勘違いして襲おうものなら、報復で緩衝地帯にいる全ての犯罪組織が壊滅させられる結果に終わるだろう。  そんな最悪の事態も考えられるため、無法者たちは帝国だけでなく他の国にも関わろうとせず、村や組織ごとに独立独歩を貫いているらしい。  ともあれ、帝国に俺たちが装備品を運んでいる情報が行かないのなら、多少の危険を冒す価値があるという話なわけだ。  帝国領を離れて、小国同士の緩衝地帯に入った。  俺とアレクテムは舗装されていない道を歩き、獣道を進み、藪漕ぎもして進んでいく。  道を見失いうちに立ち止まり、動かない地形を目印として確認しつつ、さらに歩いていく。  途中で野生動物に会えば、俺が神聖術を身にまとって戦って剣で斬り殺し、その日のご飯にする。 「ミリモス様は相変わらずの剣の冴えですな。しかしながら、折角運んできた帝国兵の剣や鎧を使うのはいかがなものですかな」  なんて料理を作りながらアレクテムが小言を言ってくるが、その点は大丈夫だ。 「この剣と鎧は俺用に確保したもので、これからも愛用していくつもりのものだよ。国で調べるためのものは別にあるから、心配しなくていいよ」  程よく焼けた肉の串を取り上げて、俺は頬張る。  塩だけの味付けだけど、国元で食べる豆料理に比べれば断然に美味い。  俺がニコニコと笑顔で食べていると、アレクテムがさらに小言を言ってきた。 「ただでさえ全ての装備を背負っておるのに、さらに余分に装備を持つなど、体に負担がかかってはおられませぬか?」 「神聖術は肉体の強化だけじゃなくて、筋肉や体力の回復にも役立つんだよ。少し休むだけで、全回復するよ」  俺が片手で下ろしていた荷物を持ち上げてみせると、アレクテムが唸った。 「ふむっ。神聖騎士王国の精強さの理由は、やはり神聖術を使った訓練にあるのでしょうな」 「俺もそう思って、兵士に神聖術の使い方を教えてみたんだけど。さっぱり理解されなかったんだよなぁ」 「そも、神聖術の源は筋肉が生み出す温かさで、その温かさを増大させれば術が使えるようになる、などという曖昧な説明では誰もわかりませぬぞ」 「でも実際、そうとしか表現できないんだよ。魔法で魔力を使うのと同じで、感覚的なものが強いし」  右手に力を増す神聖術を発動させて、改めて詳しく体感してみるが、使用するための上手い表現は思いつかない。  俺が難しい顔でいると、アレクテムは困惑顔になっていた。 「ミリモス様ですら表現に困るというのでしたら、神聖騎士国はどうやって神聖術を身につけさせておるのでしょうな」 「意外と、言葉で伝えるんじゃなくて、厳しい体験学習かもよ。死にたくなかったら神聖術を発現させろ、って感じの」  スパルタ教育じゃないかと予想した俺だが、アレクテムは違う意見があった。 「神聖騎士国では、神の教えというものを守り伝えているそうですぞ。その教えというものに、神聖術がかかわっているのではありませぬかな」 「なるほどね。神の教えを守ることで使えるようになる技術だから、神聖術と呼ばれるようになった。そう考えると辻褄は合うね」  意外と的を得てそうだ。 「でもそれが本当だとしたら、その神の教えを守っていない俺が使えたら、問題になるんじゃないかな?」 「……あまり、使わないほうがよろしいでしょうな」 「ええー。神聖術使わなかったら、訓練で勝てないんだけどー」 「ミリモス様は既に軍の元帥ですぞ。兵に混じって訓練し、勝った負けたを気にする立場ではありませぬぞ」 「いやいや。意外と、上が強いと下は従うものだよ。特に軍の場合はそうじゃない?」  当初は俺を舐めていた兵士たちも、俺に負けるようになると一目置くようになった。まあ、俺が神聖術を使えることに逆恨みする人がいなかったわけじゃないけど、そう言う人たちは教官に目をつけられていて、負けたことを口実に地獄の特訓を受けさせられるからだしね。  そんな事情を、俺よりもよく知っているのだろう、アレクテムは難しい顔つきになった。 「そういう面はありますが、元帥の戦闘力は高くなくても本来は良いのです。上の実力を抜きに、兵とは階級を守り、上からの命令に不満なく従うことこそが職務ですからの」 「兵と言えど人間だよ。納得できる材料がないと、従うものじゃないと思うけどね」  そんな会話をしながら、食事を続けていった。
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