五話 盗賊たち

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五話 盗賊たち

 ノネッテ国への旅を続け、緩衝地帯の少し奥までやってきた。  ここまでの道のりでは、村や人里には泊まらずに、基本は野宿や作業小屋らしき場所で寝泊まりして過ごしていた。  帰国を急ぐ旅だし、人と接するとトラブルが起きる可能性があるからだ。  食料の問題が薄いことも、野宿と小屋に泊まる理由の一つだ。  野生動物を狩ることは、俺だけじゃなく、アレクテムもできる。野鳥を投石で撃ち落とすことは、アレクテムの方が上手なぐらいだしね。  しかし、こちらがこうして他人との接触を断とうとしていても、向こうから接触してくることはある。  例えば、近くの集落の人たちが野草を取りに出てきていたり、後ろ暗い事情がある旅人と出くわすことだってあった。  どちらも俺たちと出会っていない風を装って立ち去ってくれたので、幸い問題には発展しなかったけど。  だが、出会う人の中には、こちらに積極的に関わろうとしてくる人もいた。  その最たる例が、盗賊たちだ。 「そこで止まって、身ぐるみ置いていけ! そうすれば命までは取らずにおいてやる!」  俺たちの行く道を遮るように、五人の男たちが立っている。  手には、錆の浮いた剣や槍を持っている。中には、武器の都合がつかなかったのか、木の棍棒を持っている者もいた。  盗賊たちは、こちらが少年と老人というカモにし易そうな組み合わせだからか、勝ちを確信して緩んだ表情だ。  どうする? っと俺がアレクテムに視線を向けると、こっそりと伸ばした人差し指を小さく上下に振って見せてきた。  これはノネッテ国軍で『実行』を表す仕草で、いまの状況だと『殺れ』という意味になる。  そういうことならと、俺は腰から剣を抜き――そして人を斬りつけることに少しだけ躊躇いを覚えた。訓練で剣を打ち合わせることはあったけど、人を実際に殺すことは初めてだったためだ。  俺が戸惑っている間に、盗賊たちの方はやる気になっていた。 「ガキが、大人しく渡すもの渡していれば、死なずに済んだのによお!」  武器を手に、五人が一斉に突っ込んでくる。明らかにこちらを殺そうとしている動きだ。  切羽詰まった状況になってしまったところで、ようやく俺は腹を括ることができた。  相手の身動きは素人同然。神聖術を使わなくても対応は可能そうだ。  それならと、俺は手の剣――帝国が作った魔法の剣に魔力を流す。剣身が薄っすらと発光を始めたところで、こちらから盗賊たちに突っ込み、剣を訓練と同じ要領で振った。 「たああああああああ!」  俺が気合と共に攻撃すると、現時点で最高の帝国製の魔法の剣だけあり、盗賊の錆びた武器が両断され、さらには肉体までをも傷つけた。 「ぐあっ。奇妙な武器を持って――」  俺が剣を斬り返し、盗賊の一人を斬って、その言葉を物理的に途中で止めさせる。  血煙を上げて倒れる仲間を見て、盗賊たちが浮足立つ。 「くそっ、単なるガキじゃなかったってのかよ」 「集まれ! 一斉に攻撃するんだ!」  盗賊四人が一つにまとまりながら、武器を構える。  戦術としては正しいけど、訓練した動きじゃないので、隙が丸わかりだ。  俺がどういう風に切り崩そうと考えている間に、アレクテムの攻撃が始まった。帯紐をスリングとして使っての投石攻撃だ。パンッと帯紐が鳴り、拳より一回り小さい石が放たれ、盗賊の顔面に当たる。  プロ野球選手の剛速球よりも速いスピードで飛来した石を食らって、盗賊一人の額が大きくへこんでいた。  明らかな致命傷に、他の三人が頭を両手で守りながら非難してくる。 「石を投げるだなんて、卑怯だぞ!」  アレクテムの投石を警戒して、こちらの注意が薄れた。その隙を突いて、俺は剣を手に突っ込む。 「盗賊が、なにを卑怯と言うんだ!」  まず一人の腹を斬り裂き、返す剣でもう一人の喉を裂く。最後の一人には、みぞおち付近へ剣先をつき込んだ。  俺は成果を確かめることはせずに、剣を手放して後方へ飛び退る。俺は大人と比べて体格で劣るので、死ぬ間際の相手であろうと、服を掴まれたら致命的な状況に陥ってしまうからだ。  ここまでの動きは、国でやっていた訓練通りにできた。  そのことに少し安堵したところで、初めて人を――自分と似た姿形のモノを剣で斬り殺した恐怖と嫌悪感が、腹の中からせり上がってきた。  吐き気で口の中が酸っぱくなるが、意地でゲロを吐きだしたりはしないようにする。  ここでアレクテムは、俺が気持ち悪そうにしているのが分かったようで、こちらの頭に手を乗せて撫でてきた。 「ミリモス様。止めの確認と死体の始末はワシがやりましょう。終わるまで、枝を拾ってその木に撃ち込みをやっておくと良いですぞ」 「うっ……打ち込みを?」  言葉と共に出そうになる吐き気を堪えながら聞き返すと、アレクテムが慈しむ瞳で見てくる。 「日頃やっていた訓練を行うと、人を殺した衝撃が薄れるのです。騙されたと思って、やってみてはどうですかの」  アレクテムの言葉は半信半疑だったが、ここで盗賊たちの止めや死体の処理をしようとすれば、確実に吐いてしまうだろう。  俺は言われた通りに、丈夫そうな枝を拾い、剣の長さに折ってから、樹木に向かって打ち込みを始めた。  最初は腕を振る動きと共に盗賊を殺した感触が甦って気持ち悪くなったが、何回も振っているうちに人殺しの感覚が薄れていき、やがて訓練のときと変わらない手応えになってきた。  体を動かすことで気分も紛れたようで、吐き気はすっかりなくなってしまった。  不思議な効果に戸惑っていると、アレクテムが声をかけてきた。 「こちらの始末はつきましたぞ。ミリモス様の方はどうですかな?」 「こっちも、だいぶ良くなったよ。腕は少し疲れたけどね」  冗談を言って返すと、アレクテムが破顔した。 「これでミリモス様も、兵士としての童貞を卒業しましたな」 「人殺しで卒業ってことは、野生動物や魔物を初めて殺したときは、入学扱いってこと?」 「はっはっは、それは良い表現ですな。これからは、そう扱うことにしましょうぞ」  アレクテムは上機嫌のまま、俺の背を押すようにして歩き始める。  俺が人を殺した場所から少しでも離そうという配慮だと受け止めながら、振りつかれた腕を癒すために神聖術の技の一つである体力回復を行使した。  その途端、少しだけ残っていた気持ち悪さが、塩を熱湯に入れたようにスーッと解けていった。  どうやら回復の神聖術は、肉体的な損傷だけでなく、精神を健全な状態に治したり保ったりする働きもあるようだ。 「そうじゃなきゃ、恐ろしい帝国からの魔法による爆撃の中を突っ切ったりできないか」  以外な効果を確認できたことも併せて、先ほど襲ってきた盗賊に感謝の念仏を捧げておくことにしたのだった。
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