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うそ、泣いてる…
握りしめていたスマホの黒い画面に水滴が落ちる。ポトポトからボトボトと、潰れたあんまんみたいな形ができる。
「無理って俺が待てないって意味なんだけど?」
「……待て…ない?」
「約束だろ?」
言ってる意味がさっぱりわからない。ネイティブな英語をお構いなしに喋られてる感じだ。
「お誕生日おめでとうございます、は?」
Repeat after meと、彼が言う。これぐらいはわかる。
「…おめでと、ございます」
「ありがとうございます。では、末長い幸せな生活を前提に結婚してください」
目の前に細長いテレビのリモコンみたいな機械が差し出される。
「これ、なに?」
「翻訳機。お前、システムだけじゃなく英語もできないんだろ?妹に聞いた」
「あ…うん」
確かに英語はできないけど?
理解が追いつかない。ひとまず差し出されたそれを受け取ると、
「あとこれね」
付け足しみたいに正方形の箱がその上に置かれた。
「サイズ合ってると思うけど違ったら直すから。ごめん、これも妹に聞いた。アニキにお前のことを紹介したかったのに、まさか向こうがデキ婚とかさ、急展開で、さらにオレの転勤も重なって余裕なくて遅くなったけど」
「……」
「でも、そのおかげで気持ちも聞けたし?」
うんと彼は頷く。彼から笑顔が消えた。決然たる顔つきに息を飲む。
「夜が来るまでにオレのものになって」
そういって、彼が下唇を噛みしめる。私相手に緊張してる。だから冗談じゃないってことはわかる。けど…
「夜が、来るまでに?」
「そう」
夜の便で帰るという彼。
それまでに挨拶をすませて、入籍して、会社には適当な、じゃなく、適切な言い訳考えないとなと笑う。
夜まで数時間…
間に合わせるという彼はお兄ちゃんの結婚式には間に合ってない。
現在時刻 15時10分。
時差ボケハイの彼は笑う。どうにかなるよ、と。
その後、二人で謝罪行脚。
駆けずり回って最終便に飛び乗り、日付変更線を越えたらまた昼が来た。
彼の30歳の誕生日は終わらない。
お祝いは二人で。2度目の昼と夜の間に…
おわり
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