何かしなきゃ、何かしなきゃ。

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何かしなきゃ、何かしなきゃ。

多くの人たちは常に何かをしなきゃという焦燥感に駆られている。週末に暇な時間があると自分には価値がないと思ったり、友達や恋人がいないことに自己否定が伴い、自分は誰からも必要とされていないと感じてしまったりなど、やろうと思えば何でもできる世の中だからこそ、何もしないことに対して罪悪感を感じてしまうのだ。 でも、人間は生きている限り何かをしなくてはならないという使命を負っているわけではないし、何かすることが人間として価値があるわけでもない。何もしなくても人は生きていけるし、焦りを感じる必要もないし、暇が時間がたくさんあることに満足しているのであればそれでいいのだろう。 しかし現実は、実に多くの人たちが暇な時間を嫌い、週末に予定が何も入っていなくてゴロゴロするしかないとわかれば、日曜の終わりに絶望感と孤独感と空虚感を実感しつつ「サザエさん症候群」に陥ってしまう。おそらくこうした人たちは月曜日が大嫌いで、楽しみがジャンプのワンピースぐらいなものだ。休載していれば絶望感は二倍だ。 どうして人は暇な時間や退屈な時間を苦痛に感じ、何もしていないことに焦燥感を感じてしまうのか。今では周りを見渡せば実に多くの人が毎日仕事と時間と人間関係に追われている。平日は残業もいとわずにみっちり働き、仕事が終わって家に帰っても家事やらなんやらに時間をとられ気づけばもう風呂に入って寝る時間。週末は同僚や友達と朝方まで飲み明かし、起きたらもうお昼過ぎ。ベッドやソファでスマホをいじりながらゴロゴロしていれば外は真っ暗だ。 こうした忙しなさは一見ストレスが溜まるものであるかのように思うが、実際には多くの人たちの心を救っていたりもするのである。というのも、暇な時間があると人はネガティブなことばかり考える傾向があり、不安が心に渦巻いて暇な時間が苦痛な時間に変わってしまうのだ。だからこそ、暇な時間を埋める仕事や人間関係はストレスという代償を払いながらも、メンタルの安定に貢献していたりするのである。 でも、こうした生活を送っていても、次第に今度は自由が欲しくなってたまらなくなる。人間はないものねだりな生き物であり、今自分が手にしていないものを欲しがるのだ。自由な時間がないときは自由を渇望し、いざ自由な時間を手に入れれば仕事の忙しさやもっと多くの人間関係が欲しくなってくる。んで、それらを手にしたらまた自由を求めて、の繰り返しだ。そう、人生と人間は基本的に繰り返しで成り立っているのだ。 何かを求めて手に入れて、手にしたものに慣れればもっとグレードが高いものが欲しくなる。iPhone10を持っていてまだまだ数年使えるとわかっていても、iPhone11が発売されればたちまち欲しくてたまらなく状態がまさにこれだ。こうした状態は心理学で「トレッドミル効果」とも呼ばれており、人間の欲求や欲望はトレッドミルを走るように終わりがないという比喩である。 現代人が何かしなきゃと感じる焦燥感も、心理的にはトレッドミル効果が関連しているともいえる。何かしなきゃという気持ちは、今のままじゃダメだと思っているからこそ湧いてくる感情であり、今のままじゃダメだという感情はより多くを求める気持ちに端を発している。つまり、今自分が持っているものに満足できないのだ。 今の自分を許容し、受け入れ、ありのままでいいのだと納得できれば焦燥感は消えていくだろう。逆に、いつまでも自分には何か足りないと感じていたり、あれこれ求めて欲しがったりしていれば、これから先も暇な時間や自由な時間があるたびに不安と焦燥感に駆られてしまうだろう。 「何かしなきゃ」というのは現代病である。何でもできる現代だからこそ何かしなきゃと思ってしまう。まるで満腹状態で目の前にお寿司を出され、残すのが悪いことだと思ってしまうかのように。人間は欲張りで強情ですべてを欲しがる。嗚呼、なんて忙しい生き物なのだろうか。 何もしない時間に満足を感じられる人は強い人間だ。SNSを見れば「Just do it.」などという「とにかく行動しろ!」と駆り立てる文句が一日中タイムラインに流れている。自称意識高い系の人間は、行動しない人間はバカでまぬけで時間を無駄に浪費していると言う。なんてことはない。彼らこそ本当は時間を無駄にしているのだ。無駄な時間が宝物であることには決して気づかない。 行動することが正しいと思われている世の中で、行動しないことを決断するのはとても難しい。風邪を引けばすぐに病院に行ってしまうように、人は何か行動を起こすことで不安を和らげ生きているのだ。本当はなにもしないほうがいいとわかっていたとしても、行動せずにはいられない。 でも僕は周りに流されるままに生きていたくはないし、行動して不安を和らげるよりも何もしない時間で心の充実を感じていたい。人生は無駄な時間で溢れている。だからこそ、無駄な時間を無駄な時間のまま浪費するのではなく、自分にとって大切な時間に錬金する術を身につけていきたいと思っている。
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